高濱コラム 『ギフティッド』

『ギフティッド』2017年6月

 花まるグループの会社の一つ「花まるラボ」が作ったアプリ「Think!Think!(シンクシンク)」が、《Google Play Awards 2017》のKids部門ファイナリスト5作品の一つに選出されました。この賞は、この一年以内に発表された、全世界のAndroidアプリの中から、「品質性や革新性」などの基準で選ばれるのだそうです。この文が読まれている月末には大賞の結果も出ていますが、とにもかくにも他の候補作が、「ポケモンGO」など、人手も金も広告もかけた超大手企業のエンタテインメント作品であるのに対し、社員は10名規模、それもできたばかりの会社が作った教育ソフトが選ばれたことは、奇跡的です。私も報告を受けたときは、何かの間違いかいたずらだろうと思ったくらいです。
 その東大卒ばかりの若い精鋭チームを引っ張るのは、川島慶32歳。もともとは、根津にあるGallery okarinaBでの、問題作成のアルバイトとして入社してきました。その募集広告に掲示したのが、今年灘中の入試問題として類似問題が出された「斜めの道のある通路問題」でした。若くして見る目のあった彼は、「そのオリジナリティに引き付けられた。こんな問題を作る会社ならおもしろそうだと思った」と言っていました。その後、私の処女作「小3までに育てたい算数脳」を読んで泣いたということや、熊本で行った第一回「高濱先生と行く修学旅行」に班リーダーとして参加し、感動したことがきっかけとなり、大企業の内定を蹴って正社員として花まるに入社してくれました。
 その問題作成能力は、それこそドリルを何冊も出版している私こそが一番わかっていました。ウェブマガジン連載の問題を作ってもらったのですが、最初は「ん?なかなか良い問題だな」くらいだったのですが、次々と作る問題の、テーマ設定やキャッチーさ、難しすぎないちょうど良い地点に落とすバランス感覚、どれもこれも傑出していました。ある程度優れた才能は何人も見てきましたが、こんなに飛び抜けた天才が、うちのような中小の会社に来てくれることが、とても嬉しかったことをよく覚えています。
 入社後も、泥臭い教室長の仕事も見事にこなす一方で、うちの屋台骨である「なぞぺー」の新作作成を担ってくれました。『立体王』を担当した平須賀信洋も加わって3人で行った「空間なぞぺー集中作成合宿」では、朝方遠くに見える新幹線を眺めながら、「向こうからこっち見たらどう見える、っていう問題はどう?」と発案し、たちまち問題に仕上げたことなど、楽しい思い出もいっぱいです。
 彼の凄みは、それ以上に、恩師である栄光学園高校の井本陽久先生とともに、国内の児童養護施設や海外の孤児院への学習支援を長年続けていたことです。善意の言葉を発する人は大勢いますが、本当に行動し続けられる人はなかなかいません。その活動の中で、彼は貧困格差以上の「意欲格差」の壁を感じたのです。そして、「なぞペー」を使ったときの子どもたちの食いつきの良さが成功体験となり、「世界中の意欲格差を解消する」という大望を持って、「花まるラボ」を設立したのです。
 大きな志と情熱あるところには、人が寄ってきます。桃太郎とサル・雉・犬ではありませんが、大手コンサル・官庁・商社などから続々と、彼を支える仲間が集結してきました。着々と「Think!Think!」を作り上げる一方で、算数オリンピックの問題作成や、世界最大のオンライン算数大会「世界算数」の全問題作成など、エッジの力を持っていることは実績として積み上げてはいました。また、「どこよりも早い中学入試解答速報」や「東大入試分析」や「意欲格差の解消」といったWEB上での発信も、NewsPicksなどで注目されていました。
 しかし、それもこれも下積み時代と呼んでよいでしょう。素敵なパートナーは集まってきたし、オピニオンは素晴らしいけれども、究極の厳しさと言ってよいアプリでの戦いで勝ち抜いていく目途はなかなか立たないままでした。私も彼らの将来は信じているけれど、どうなるのかなと見守ることしかできません。そんな中、2月でしたか、せっかくなけなしの収入源となっているアプリの料金を、無償にしたいと相談してきたのです。まず無償にして本当に世界に届くものにしたい、食える形にするのはその次のステップにするとのことでした。おじさんの私にはまったくない発想。彼らの運勢を信じて「やってみなされ」としか言えませんでした。それからはあれよあれよ。無償発表が3月。たちまちダウンロード数が一ケタ上がり、国内アプリの中で目立つ位置に到達。そして創業2年目の4月には、今回のノミネートとなったのでした。
 それにしても、「計算の速さも大切だが、それ以上に思考力こそが重要で、それはこういう能力だ」と主張した「算数脳」「なぞペー」の概念を、誰よりもよくわかってくれる青年が登場し、引き継ぎ、発展させ、仲間を巻き込み、あっという間に世界中に届けるアプリに仕上げ、Google Play Awardsという評価に上り詰めてくれたことには、親心としての感動を味わいました。私の代は営々と種を植え失敗し、また種を植え、それも失敗し、ようやく芽が出て、苗にはしました。川島はその苗を、あっという間にけやきのように上に広がる樹木に育ててくれました。若者たちの世界への貢献と活躍を、これからも応援し続けたいと思います。
 そして私は、熱く語るそのお腹からしばしばシャツがはみ出ている川島のようなトンガリを持った人間を育てる天才教育に、今とても興味を持っています。彼らは子どもの頃それぞれのツノを持っているばかりに、「普通」と合わせていくことに苦労しています。一般に言う特別支援教育は、Flosで着々と積み上げてきましたが、これからは「正規分布曲線の右端の特別支援」も、やり残した一つの課題として、極めていきたいと思っています。   

花まる学習会代表 高濱正伸