花まる教室長コラム 『嬉しい宿題~「あたたかさ」がくれるもの~』

『嬉しい宿題~「あたたかさ」がくれるもの~』2019年6月

 3年生Yくん。連休前に担任の先生から宿題を出されました。その宿題とはなんと「おうちの人に抱っこしてもらいましょう」というもの。ご存知の方も多いかと思いますが、絵本作家いもとようこさん著「しゅくだい」に出てくる宿題そのまんま、です。しばらく抱っこなどせがんでこなくなって久しかったYくんですが、「宿題だからね~」とか言いながらもその日は妙に嬉しそうにお母様の膝に飛び込んできたとのこと。それからというものなぜか連日必ず出されるその宿題に、最初こそ戸惑われていたお母様も何だか幸せな気持ちになり…個人面談にて「先生が毎日出してくださる『抱っこ』の宿題が本当に嬉しいようで、私もしばらく忘れていた『抱っこ』の幸せを思い出すきっかけになりました。ありがとうございます」とお礼を伝えたところ、先生からは意外な反応が。「あ~あの宿題ですね。でも毎日ですか…?私が出したのは4月の一回きりなんですけどね(笑)」ここでお母様、合点がいきました。
―3年生にもなって抱っこをせがむのは恥ずかしい、でもまだまだママのぬくもりに包まれていたい日もあるんだよな…。でも「宿題」ということにしてしまえば堂々と抱っこをお願いできる。よし、毎日出される宿題ってことにしちゃえ―
そう考えたのに違いありません。あ~最近妙に生意気な口きいたりしてかわいげなくなってきたなぁって思っていたけれど、まだまだこんなこと考えていたんだな…。そう考えると何だかかわいらしく思えてきたそうで、「実は毎日の宿題ではなかった」ことには一切言及せず、今もお母様は「宿題だからね~」と連日膝に飛び込んでくるYくんを、ギュウ~ッと抱きしめていらっしゃるとのこと。Yくんが新学期特有のプレッシャーから解放されてくる頃になれば、この「宿題」も自然と終わりを迎えるのでしょう。おそらくは、あともう少しだけ…。

 「抱っこ」に代表されるスキンシップの重要性は、もはや子育ての一般常識と言っても過言ではありません。しかしそれは果たして「何歳頃まで」有効なのでしょうか。ここで明言いたしますが、小学生では「まだまだ」必要なこと。「ママの温かさが恋しくなるけれど、抱っこして~なんて恥ずかしくて言えないしな…」多くの小学生の本音を代弁させてもらうなら、そんなところでしょうか。特に環境が激変する年度替わり。言うに言えない不安や鬱憤を抱えている子も少なくないはず。「何かあったらママに言ってね」とは言われるけれど、大好きなママにだからこそ「カッコ悪いところは見せられないしなぁ」「心配かけたくないんだよな…」そう考えて我慢してしまうのも、小学生ならではの成長の証。そんな時は何も言わず、ギュウ~ッと抱きしめてあげるだけで、嘘のように「光」が射してくることも多いもの。生命体が地球に誕生して40億年。「脳」という器官ができたのはわずかに5億年前。それまでの35億年という膨大な時間は、生命体の最外層、人間で言うところの「皮膚」が、その代わりをしていたというのです。新生児は視覚も聴覚も不完全な状態ながら、「触覚」だけは完成された状態でこの世に生を受けてきます。人間は老いとともに様々な器官からその能力が失われてゆきますが、最後まで健全な状態で残るのが「触覚」であるのだそうです。どれだけ人間にとって大切な器官であるかがおわかりいただけるでしょうか。そんな「皮膚感覚」がもたらしてくれる、理屈を超えた「温かさ」は、与える方にも与えられる方にも、忘れていた根源的な悦びを思い出させてくれることでしょう。
 
 GWでの日帰り家族旅行。山梨県「清里テラス」にて。富士山や奥秩父の山並みを見晴るかす高台に設置された大型ソファに小学二年生の息子とゴロリ。「おりゃああ三角絞め~(笑)」「うわあぁやめろぉ~(笑→泣)」弾けるような幸福感が、5月の青い空に吸い込まれていくかのよう。息子が生まれたときから大好きだった、男同士の取っ組み合い。しかしいつまでも続いていくようにも思えるこの幸せも、生誕8年目…どう考えても折り返し点を過ぎてるよなあ。そのうち相手にもしてもらえなくなるときが来るんだろうな…。だからもう少し、おとしゃんの相手をしてくれよ。もうちょっとだけ、な。

樋口 雅人