高濱コラム 2005年 4月号

本部から離れたある町の駅前を歩いていたら、すれ違う人の波の中に、見覚えのあるお母さんの顔を見つけました。「Tさん!」と呼びかけたところ、数歩歩いて振り向き、私の顔を見るなり「高濱先生!」と応えてくれました。横にいた女性に見覚えはなかったのですが、お母さんは「ほら、挨拶して」とその女性の両肩に手を置いて、押し出しました。ペコリと頭を下げこちらを見上げた目を見て、ようやく分かりました。「M子…ちゃん?」第一期生として1年生で入会してくれた教え子だったのです。

当時はお腹がポッコンと出て、ぬいぐるみみたいで、教室に入ってくるときに、わざわざバタリと倒れこむ独特の芸で人を笑わせてくれるような子だったのですが、目の前ではにかむ姿は、もう立派な大人の女性で、タイムラグがある分、感慨もひとしおでした。さっそく、花まるの先生をやりなさいと言ったところ、その日の夜にメールが来て、4月から、巣立った教室で講師として働いてくれることになりました。花まる設立から12年。ただ、前に前にとがむしゃらに進んで来たら、いつのまにか小学校1年生だった子が、大学生になる時代になったのでした。

スタート当初、2年生や3年生だった世代の子たちは、すでに花まるやスクールFCの講師として活躍してくれています。小学校のときには、とにかく落ち着かずじっとしていられず、お母さんが悩みに悩んでいた子が、長身のハンサムボーイになって、子どもを叱っていたり、当時から大人びたふるまいに特徴があった子が、手足を引き伸ばしサイズを大きくしただけとしか思われない仕草・癖のままに授業をしていたりすると、微笑ましくなります。また、出産前のお母さんに大きな手術があって、ちゃんと育つかどうかといつも心配されていた少年が、花まるで教えることに「感動しました。すごくやりがいがあります」と言ってくれると、本当に嬉しくなります。

私の講演でお聞きになった方は覚えていらっしゃるでしょうが、花まる史上に残る美しいエピソードとして「新幹線の定規事件」があります。ヒーローとなったE君(当時5年生)は一昨年、サマースクールの高校生ミニリーダーとして、実に献身的に働いてくれ、終了時には感激して泣いてくれました。また一方、定規を無くして泣いて困らせたK君も昨年、同じくミニリーダーとして、たくましくがんばってくれました。

物語は尽きません。こういうことは、きっと教育にかかわる職業の、最大の幸福であろうと思います。本当に時々しか会えなかったりもするけれども、信頼の絆は永遠で、会うたびに笑顔で成長した姿を見せてくれる。一生懸命、体を張って相手をしたその分、彼らも信用し、心が離れずにいてくれる。いい仕事を選んだなあとつくづく思います。

さて、卒業の季節。6年間在籍してくれたお友達とは、お別れしなければなりませんが、現場で、毎週お世話をした教室長を始め、講師たちのことを、忘れないでほしいです。皆、子どもが大好きで可愛くて可愛くて仕方ないという気持ちで、指導してきました。ひととき離れますが、きっとまた、どこかで会えます。そのときは、明るく声をかけてください。今回の私がそうだったように、立派になった姿を見せて、私たちを驚かせてください。

花まる学習会代表 高濱正伸