高濱コラム 2005年 7月号

春先、どうした加減か、旧会員や卒業した生徒の保護者から、何通もメールや手紙をいただきました。「ホームページはずっと見ています。がんばってください」といった、肯定的で暖かい応援のメッセージばかりで、しみじみと幸せを味わいました。そんな中に、関東から離れた全寮制の中学に進学した少年のお母さんからの手紙があって、作文のコピーが入っていました。それは、入学後に彼が書いたものでした。

オリエンテーションで心に残ったのは、皆で「網作り」をしたことだった。小学校時代は、協力が苦手で、調べ学習を一人きりでしたりして、友達関係もうまくいかず、とても悲しい思いをしたこともあった。でも、この網作りでは、「協力することで、一人よりもはやく、楽しくできることが分かりました」と書いてありました。直接に授業で教え、サマースクールなどでも生活を共有していましたが、不覚にも真剣な瞳と笑顔の彼しか記憶になく、学校では人知れず苦労していたのだなと初めて知り、胸が熱くなりました。そして、空間を思い切って変えることが、よき出会いの場になったのだなと嬉しくなりました。

一方、時をほぼ同じくして、雪国スクールで、忘れられない事件が起こりました。一つの班は、小学生と中学生が混在していて、中に中2のT君がいました。小学生の頃から、あまり人と積極的にかかわらず、返事も小声で「はい」くらいしか返ってこない、寡黙で少々伏し目がちの子でした。その子が変身したのです。

これは後から聞いたことですが、低学年の子の面倒を見ることは、一つのきっかけになったようです。中学生だからお餅を焼く仕事や片付けなどで、部屋に帰るのが遅くなるのですが、そのとき低学年の子たちが起きて待っていて「ごくろうさま」と声をかけられたことが、嬉しかったと語っていました。また、中学生同士もとても気が合って、そしてさらに、班についた女性リーダーの情熱に、心が溶かされ、かかわりの中で徐々に何かが変わったようです。

私が見た光景は、最後の大宮駅で電車を降りて、いったんしゃがんで発車を待っている場面でした。その女性リーダーは横浜出発組につくために、降りずに車中に残ったのですが、ホームの子どもたちは盛んに手を振っています。そのうち女性リーダーが泣き出したのですが、電車が動き始めたと思ったそのとき、あのT君がすっと立ち上がって、電車を追って走り始めたのです。「こらっ!」と私が叱る声も振り払って、走って走ってホームの最後まで手を振りながら走り続けました。

自身も小学生時代、人間関係で苦しんだことがあり、一緒に走って叱られた同じ班のI君が、しみじみと「あんなに何でも感激するリーダーいませんよ。サマーも雪国も、小学生時代から8年参加したけど、あんなに本当に協力し合えたなあと思える班は、ありませんでしたよ」と熱く語ってくれました。その後T君の目は完全に変わったのですが、全員の相性が、特別の化学反応を起こさせたのでしょう。

協力。頼りあうことが苦手な人が、大人になってしまい、ゲームやネットなど、より個化せざるを得ないものに時間を費やす中で、子どもたちは、助け合う喜びを切実に求めているように思えます。支えあい認め合うことは、生きる喜びそのものです。その場・環境を提供することこそは、大人世代の責任というものでしょう。

花まる学習会代表 高濱正伸