高濱コラム 2009年 11月号

私の頭の中には、小学校で習った「宇宙のあるところから、太陽を回っている地球の公転軌道全体を俯瞰する図」がいつもあります。南極から北極を貫く地軸が傾いていて、それが日照時間の変化や四季が存在する原因になっている。左側が、北半球が夏のときで、手前が秋、右が冬、奥が春…。夏の星座は軌道の外側左の方向、冬の星座はずっと右の方にあるから、その季節の夜に南中することになる。どこか神の目を感じさせる、納得のいく気持ち良い図です。そしてオリオン座を見ると、毎年必ず思うことがあります。それは、今年であれば
「ああ、生まれてこれまでに、この軌道を50周したんだな」ということ。「あ、オリオンだ!そうか、また一周回って軌道のこの位置に戻ってきたのだなあ」と。そして同時に思うのは「あと何周できるかなあ」ということです。

面白いのは、同じことを夏の大三角を見てもあまり感じないこと。まあもっとも、夏は子どもたちと流れ星探しに夢中だったり前向きで忙しい夜だから仕方ないのかもしれませんが、きっと秋と冬の境目という季節が、人生を見つめる気持ちにさせる面もあるのでしょう。

折しも、同じ年齢だったマイケルジャクソンを始め、キヨシローや加藤和彦など憧れたり愛したスターが亡くなるニュースが多く感じられる年でした。ひとつの命には限りがある。私自身も、仲間たちも。「あと10回は回れるかな。だとしたら、本当に限られた時間だから、より無駄を削って、意味あることだけを全力でやって生きていきたいな」そんな気持ちになります。

10月末に故郷で開催された高校の大同窓会の、我々は幹事学年でした。久々に集まった友ですが、日ごろからメーリングリストでのやりとりがあったので、18歳の気分はすぐに戻り、「オマエ」「オレ」と呼びあい、女性は「女の子」と呼ばれ、話に花が咲きました。

50歳というと、20代のときには、衰えや老いの始まってる人という印象がありましたが、まあ一面真理でも、なってみなければ分らない境地もあります。今回自分でも驚いたのは、かつて対抗勢力とまではいわなくとも、決して仲が良くなかった同級生や、あいつにだけは負けたくないと思っていた友とも、すっかり打ち解けて話せたことです。

それらのツッパリやかたくなな思いは、しょせん自分可愛さ・自意識過剰で勝手に築いた城壁だったし、「若気の至り」とはまさにこのことだったと痛感しました。

たぶん、この30年の間、どんどん社会的責任が重くなる中、仕事や子育てでの理不尽や苦労でもまれたおかげで、そのいらぬ トゲトゲがとれて、丸くなったということでしょう。旧友ではなく、それぞれの人生を懸命に生きて再会し、新しい友だちとして絆が太く強くなる時間を共有できたことは大いなる喜びでした。
学而時習之、不亦説乎。
有朋自遠方来、不亦楽乎。
人不知而不慍、不亦君子乎。

詩の通りの気分で、飛行機に乗りました。帰って授業に臨むと、額から「未来」という光をピカピカに放っている子どもたちが、心からの笑顔で迎えてくれました。ああ、幸せだなあと感じるとともに、「勉強がんばれよ。そして、いい友達をたくさんつくれよ。50歳のときに素敵な仲間がいっぱいいる人生にしろよ」と、心で叫びながら、授業を進めました。