高濱コラム 2011年 5月号

 初期の教え子の一人である27歳の青年M君が、事務所を訪ねてきました。生徒としても立派でしたが、大学生時代にスクールFCで講師として働き、非常に信頼されていました。当時講師仲間だった女性を連れてきています。「結婚を決めたので、ご挨拶に来ました」ということでした。花まる学習会創立以降の教え子としては、結婚第一号。嬉しかったのですが、驚いたのは、報告がもう一つあって、公認会計士試験に合格したということでした。

 日本のリーディングカンパニーの一つであるメーカーに就職して、充実感をもって働いていると聞いていたので、「二足のわらじは大変だっただろう」と聞くと、退路を断つために会社をやめ、1年の勉強で目標を達成したとのことでした。それはたいしたものだな、どんな勉強をしたんだと聞いたときの答えがふるっていました。「いや、たいしたことないです。朝起きてから夜寝るまで、ずっと勉強しただけです。あと、○×チェックとかのFCの学習法は、すごく役立ちました」

 後段は、リップサービスないしは私へのエールでしょうけれど、それにしたって、朝から晩まで、決めた課題を、ブレずに集中してやりとおすのは、そうやれることではありません。思い出せば、昔からいわゆる図形などの「見える力」よりは、まじめさというか、落ち着いてやりぬく「詰める力」に優れた子でした。

 たまたまトップ企業の人事研修ないし採用にかかわっている方と話したところ、各企業が何よりも求めているのは、今や「コミュニケーション能力」と並んで「粘り強さ」だそうです。それくらい、ちょっとしたストレスでぽっきり折れてしまったり、あきらめたりする若者が多いということでしょう。

 M君のような力強い若者は、どうすれば育つのでしょうか。その入り口として、誰にも関係する具体的な課題は、「漢字とどう向き合うか」です。基本的にその学習は、子どもにとって苦役であり、グラウンド10周的な粘り強い精神力を必要とします。
私の長年の経験でも、漢字にひたすら取り組めた子は、かなり高い水準で高校や大学の入試結果につながっていますし、就職できなかった例など聞いたことがありません。「がまん」の第一課題が漢字であり、国語力の基礎であることはもちろん、全科目の文章題問題について正しく集中して読み解いていく精読力の基盤となるからでしょう。

 7月には、花まる漢字検定があります。その効果が信頼されて、今や複数の公立小学校でも取り入れられ始めました。家庭での指導は例年悩む方も多く、初めてだと「言ってもやらない」とか「泣いて反発する」など、手を焼いている方もおられるかもしれませんが、秘訣はスタート。他のあらゆる「学び」についての見解が、「本人のやる気を大切に育む」ということなのに対し、漢字だけは「泣こうがわめこうが、厳しくやらせてよい」というのが、ここ数年の私の信条でもあります。甘やかさず厳しい態度で接し、ぜひとも素敵な「成功体験」という結果になるよう応援してあげてください。一度「特待合格」すれば、その後ずっと漢字学習について、感情的に叱ったりする必要はなくなります。

 さてM君ですが、結婚式は6月。何気ない日常の光景が、いかに幸せであるかをかみしめさせられる日々。教え子の結婚式はしみじみと感謝したい気持ちになります。たまたま起こらなかっただけの、あったかもしれなかった災厄をかいくぐり、無事に育ち、社会人として立派に成立し、素晴らしい伴侶を娶ったM君。本人はもちろん、ご両親に、心からの祝福の気持ちを伝えてこようと思います。

花まる学習会代表 高濱正伸