高濱コラム 『光り輝く瞳と未来』

『光り輝く瞳と未来』2012年3月

2月後半、会社の裏口のドアを開けると、療育部門フロスのスタッフが、中学生とおぼしき少年と父親に挨拶していました。その少年を見て「あっ!」と 思わず声を出してしまいました。幼児期に、「苦しめられた」という表現がピッタリなくらいに指導法が見つからなかった、あのT君だったからです。

1年生のT君は動物に見えました。脳の部分的欠損があり言葉がほとんど通じない。暴力をふるうし、ちょっと目を離すと走って行って事務所の机上の書類を片っ端から散らかしてしまう。担当しようという善意の若者は、現れては現実の厳しさの前にすぐに消えてしまうのでした。何人目かに登場したのが鹿児島出身の熱血E君でしたが、彼は保護者の了解のもと、人の痛みを教えるために、叩かれたら叩き返すという「指導」をしていました。

サマースクールも「誰も断らない」を理念に行っていたので、連れて行きましたが、ただもう3日間奇声をあげ暴れるT君をE君が羽交い絞めにして、押さえつけているような状況でした。翌年は、19年間でたった一人「サマースクールは無理です」と断りを入れました。お母さんにすれば、素人指導とはいえ受け入れてくれる唯一のところだからと、すがる思いだったのに、裏切られた気持ちだったでしょう。しかし、私たちも限界だったので す。

ところが、ちょうど時を同じくして、一人またひとりと、志高くしかも優秀な、心理を専門とする若者が集結してきました。何とかしたいという我々の情熱だけはくみ取ってくれた青年たちでした。T君は見捨てられず、彼らが丹念にソーシャルスキルトレーニングを中心とした指導を施し続けました。途中で「Tは変わってきましたよ」という報告は受けていましたが、私自身は時間をとれず、若者にまかせきりになっていたのでした。

そして15歳になった彼と、ほぼ6年ぶりに再会したのです。T君は、私を見るなり「あ、校長先生!」と言いました。随分たつのに顔は覚えていてくれたのです。そして、まっすぐに私に向かって歩いて来て、気をつけをし「お久しぶりです。いつもお世話になっています!」とペコリ と挨拶をしたのです。私に「大きくなりましたねえ」と言ったのはご愛嬌ですが、それにしても、おとぎ話の魔法の場面でも読んでいるような、信じがたい光景でした。あのT君が、こんなに立派なやりとりをできるようになるとは!当時、私が感じた絶望は誤り。もう何通りもの将来に向けた選択肢が、彼の前に広がっているのでした。

その翌日、今度は現6年生向けの卒業記念講演会を開きました。一年で最も光り輝く瞳の前での講演です。「13歳のキミへ(実務教育出版)」にまとめてはあるのですが、声と身振り手振りで伝えることは、また別の力があって、熱い感想をたくさんもらいました。

「ちょうど今、自分に自信が持てず悩んでいました。勉強のこと、友だちのこと、学校のこと。ですが先生の話を聞いて、今までの悩みが全て消えました」「自分に足りないのは『異性を学べ』ということだと痛感しました」「我が家は母子家庭です。母をどう支えてあげれば良いのか分からなかったのですが、今日分かりました」

「僕は、この講演会で、今何をすべきか。これからの人生をどのように生きていけば、一番自分の望む幸せに近づけるかが分かりました。今日から、自分に正直になります」

「『合わない』ことはない。自分が周りの空気に合わせて行けばいいんだと気づきました」

「いじめを笑いに変える勇気を持って、広い心で生きていこうと思いました」

「いつもお母さんに『おいしいよ』と言うと、とても喜んでくれるのは、評価してくれる人がいないからだと分かりました。もっと言葉にしたいと思います」

一人ひとりに、それぞれの卒業があります。かかわったみんなが、自力でメシを食い、人の役にたち、縁があった目の前の一人を幸せにできる人になれますように。