高濱コラム 『一通の手紙が教えてくれたこと』

『一通の手紙が教えてくれたこと』2012年10月

 8月、お医者さんをやっているお母さんから、一通の手紙をいただきました。便箋6枚に美しい肉筆です。2年前、社会性を育てようと様々な努力をしたつもりの男の子が、1年生になって授業中に行方不明になってしまっていると知らされて衝撃を受けたこと。学校のお勉強くらい出来て当たり前、その上を目指して基礎学力をつけようと張り切っていたのに、勉強以前の息子にどう向き合えばよいのか途方に暮れて、きつい言葉を浴びせたこと。息子の成長が見えないことが不安で悔しくて悲しくて、自分をコントロールできなかったこと…。赤裸々に綴られていました。

 そんなとき、テレビで「情熱大陸」を見て、「メシの食える大人になる」というフレーズで視界が開け、入会した。息子も集中して頑張れるようになった。サマースクールでも「お友だちが沢山できた」と喜んで帰ってきた。講演会を聞いて肩の力が抜けた。今の方が大らかな母になれた。そして、「クワガタ体操を喜んで『ガシガシ』している子ども達が、沢登りも先生とご一緒できたと嬉しそうに話す姿に、言葉にできない感謝の気持ちでいっぱいです」と書かれてありました。一字一字から真心がズドーンとぶつかってきて、感動しました。生きて、仕事をしてきたことに対し、これ以上ない温かい激励を受けた気持ちになれました。

 私は、ちょうど「(外で)働くお母さん」について、考えていたところでした。時代的病として地域が崩壊した中で、孤立し籠ってしまう子育てに追い込まれる専業主婦より、週1のパートでもした方が、外気を浴びてよほど健全になる母さんが多い。平均的な感覚は、「外には出たい。でも病気も多い幼児期は、時間拘束がきつすぎるのは困る」あたりだな。働くお母さんは、限られた時間の中、早朝に子どもとの時間を設定するなど、有効に使えている人が多いな。ラジオで「女子社員には寿退社してほしい」と考えている会社が25%もあると言っていたが、主婦層こそ人材という意味で宝の山であるのに、今どきズレた見解だしやがて衰退する会社なんだろうな…、というようなことです。

 しかし、この手紙は、そうやって分かったつもりになっている私に、まだまだ奥が深いよと教えてくれました。優秀で仕事も家事も両立してキリモリしているように見えるお母さんでも、子育ては甘くない。勉強ができたって仕事ができたって、母となり子育てに直面すると、毎日のように「大丈夫かなあ」という心配が泉のようにこみあげてきてしまう。思うようにいかないとなったときは、自分ができる人である分、むしろ人の倍切れてしまったりすることもあるのだ、と。

 よく講演会で、文系母にも理系母にも落とし穴があると言います。文系というか算数が苦手だった方は、子には頑張ってほしいとは思いつつも、「さっさと終わらせた方が、たくさん遊べるでしょう」というようなモノ言いの中に、算数は面白くない教科だというニュアンスが無意識ににじみ出てしまい、子を徐々に「算数はつまらないものだ」と洗脳してしまう。逆に、理系で算数数学が得意だった方は、基準が高くなって、我が子が立ち止ってしまったときに、「こんな簡単なことが、何で分からないのよ!」というキツイ言い方になって、子どもが自信を失ってしまいがちである…。このお母さまは、完全に後者でしょう。自分が優れていたからこその典型的な陥穽に陥ってしまったのでした。でも私たちが役に立てたことは本当に嬉しかったです。

 私は講演会で、「優秀な母であるよりも、安心した母・微笑む母になるほうが大事」ということを強調します。そのためには、共感し、気づいてくれ、ずっとおしゃべりし続けられる誰かの存在が不可欠で、学生時代の友人やママ友こそベストなのですが、花まる学習会も、支え手の一つとして、走ってがんばる選手の後ろで「ファイト!」と声をかけながら伴走するコーチのように、お母さんの味方として応援してまいります。

花まる学習会代表 高濱正伸