高濱コラム 『逆境は最高の場』

『逆境は最高の場』2013年2月

 入試。花まるグループの受験部門であるスクールFCも、「結果」の出る季節です。それが朗報ならば目出たいことですが、不合格のこともあります。若い頃は、一緒に落ち込んでしまったりしたものですが、何人もの子どもたちのその後を見届ける中で、意識は確実に変わりました。要は、受験という真剣勝負の経験を通して子どもたちが強くたくましく育ってくれればよい。その意味で敗北した時、願いがかなわなかったとき、そんな負の局面での大人の態度こそは、子の将来にとって大切だなということです。

 どんな状況になっても前向きな気持ちを失わない人たちの特徴は、自信を持っていることです。それは鋼のような強さがあるというよりは、ひととき落ち込んでも朝起きたら立ち直っているというような、しなやかな自信です。それを人がどこで血肉として身につけていったかを研究すると、成功体験がカギだと分かります。

 自信とコンプレックスは兄弟のようなものです。ある体験を通じて「えいっ!」と心に魔法をかけるという意味で、全く同じ構造です。例えば私は、小学校2年生までは学校であまり話もできない子でしたが、3年生の担任の先生が「自信の魔法」をかけてくれました。算数のテストにパズルのような一問があって、「あ、分かった」という実感とともに解けた。返却のとき先生が「これできたの高濱君だけだったよ」と言ってくれた。その瞬間何かの殻が破れて世界が明るく楽しいものになりました。「俺、算数得意!」「俺パズル大好き!」と言いだしました。自信がついたのです。長じてパズルの本を出すまでになりました。

 逆の例もよくあります。みんなができた問題なのに一人だけできなかった。お母さんが「あんたバカじゃないの」と言う。たった一言。しかしその子は「私算数苦手」「算数きらい」と言いだすでしょう。コンプレックスの始まりです。

 どちらの例にも共通するのは、根拠薄弱何の証明にもなっていない。しかしたった一度のエピソードで、正負の色は違えど、心に強い魔法をかけてしまうということです。「○○が嫌い」のもとをたどると、本当に些細なそんな一言であることも多いのです。

 逆境はいつも教育の最高の場です。その苦味で自己と向き合い、反省点や教訓を引き出しより高いレベルに行けるチャンスですし、人生のどんな場面でもめげない心構えを身につける機会でもあります。不合格を、「あんなにがんばったのに駄目だったね」と失敗体験として共感するのも、「あんなにがんばったのに駄目だということも人生にはあるという厳しさを学ぶ、かけがえのない経験ができて良かったな」ととらえるのも、周りの大人次第です。

 3人の教え子たちが思い出されます。3人とも中学受験では志望校に落ちてしまいました。しかし、大学では願い通りの学校に入学し、20代も半ばを過ぎた今、M君は公認会計士、T君は研究者、K君は世界をまたにかけた商社マンとして、大活躍しています。彼らに共通するのは「大らか母さん、大らか父さん」。一番大事なものがよく見えているご両親で、親自身が全く負の体験ととらえなかったことで、すぐに元気に歩きだしました。

 似た例として受験を途中でやめたJ君も紹介します。6年生の途中でリタイア。しかしきちんと話をして納得した上でのことで、お母さまも笑顔。敗北感など微塵もありませんでした。中3のときに「情熱大陸」で、浦和高校合格までの姿を撮影されたのがJ君です。高校受験に切り替える英断が成功につながったのです。彼はラグビーを選び、高3のこの冬、もう一歩で花園という県の決勝まで行きました。久々に見た彼は体もふたまわり大きくなり、副キャプテンとして仲間を統率していました。

 負けて皆で泣き、帰宅の道。土砂降りだったので母が駅まで車で迎えに行った。すると車を降りるときに、真顔で「3年間ありがとうございました」と頭を下げたそうです。これを「母としてのご褒美」と書くお母さんのメールには、喜びが溢れていました。

花まる学習会代表 高濱正伸