高濱コラム 『ノーブレスオブリージュ』

『ノーブレスオブリージュ』2015年11月

あるトップクラスの私立進学校に、I先生という数学の先生がいます。塾と学校というフィールドの違いはありますが、ウマが合い、問題研究や授業研究などで一緒に過ごす時間は、知的で興奮できるひとときです。私が知る限り、何を教えるかというのでなく、生徒から何を感じるかということに焦点を当てたI先生の授業は、日本一だと思っています。これからの数学教師の模範となるでしょう。
 まず第一の任務である学習指導において、あふれる愛情と傑出した指導力で、各界に錚々たる卒業生を送り出していることはもちろん素晴らしいのですが、何よりも尊敬できるのは、彼の哲学です。飲み会で「人生の後半生は、どんな形でもいいから恵まれない人のために尽くしたい」と言っていた通り、児童養護施設に長年に渡ってボランティアでの学習指導をしていたり、海外の孤児院などを回っていたり、抜きんでた人の義務とも言える社会貢献を、たんたんと行動として示し続けているのです。
 見た目はムサいおじさんですが、私の心の目には燦然と輝くスーパースターに映ります。子どもたちには、たくましい実力を身につけ自立したあとは、ぜひとも「社会的弱者への温かいまなざしと行動力」を身につけた、彼のような人格者に育ってほしいものです。どうすればそうなるか。色々な条件が挙げられるでしょうが、一つ確実に言えるのは、「多様な他者と触れ合う体験」が大事だということです。幼いころから、親以外の多くの大人に囲まれ、異性・異学年・出身地が違う人、障がいのある人やマイノリティなど異質な他者と、お話しをしたり、友達として遊んだり、お世話をしたり…。このような機会を子どもたちに提供することは、見通しを持った力ある大人の責務だとも言えるでしょう。
 
閑話休題。個人としてと同様、法人としても大切なことは同じ。花まるグループは、引きこもりの子の家族への対応や、障がいのある子たちへの学習指導、サマースクールなどでのインクルージョン(同じ班にして生活の中で違和感を乗り越えた共感を味わってもらうこと)、被災地への学習支援、シャイニングハーツパーティー(障がいの子の家族も健常の子の家族も一緒に聞けるコンサート)など、様々な形でできることをやってきました。

そして今年から、発展途上国への教育支援の一環として、学校建設にも寄与することにしました。NPOと言っても玉石混交、その正体を見抜くのは難しいのですが、ある信頼する方から「そこは本物だから」と、AEFAという認定NPOの団体を教えてもらいました。主にベトナムやラオスを中心に、東南アジアに学校建設の支援をする組織です。

理事長の谷川洋さんは、平成の伊能忠敬。商社をやめた60歳を過ぎてからこの仕事を始めたのに、10年ほどで200校もの学校建設を成し遂げているのでした。サマースクールも終わった8月末に、ラオスの候補地を一緒に視察に行ったのですが、休む気のない行動力には圧倒されました。JAICAなどの団体の手が回らないような僻地も積極的に応援しているのだという説明で、実際に一緒に行った数校には、車をイカダに載せて渡ったり、細い吊り橋をバイクで二人乗りで渡ったり、雷鳴の中ぬかるんだ泥道に車輪を取られストップしたり、まるで湖のようになってしまった長い道路をジャブジャブと進んで行ったりと、冒険映画のような道程でたどりついたのでした。
 
2時間も遅れた私たちを、夕刻、電気のつかない暗い中で全校生徒が待っていてくれたり、ココナッツやハスの実やドリアンを出してくれたり、各地で温かいもてなしを受けました。その中に、ひと際山の中に入ってようやく到着した少数民族の集落がありました。200人もの児童が道の両側に並んで歓迎してくれる姿は感動的でしたが、放し飼いの鶏や犬に交じって放し飼いのイノシシのいる高床式の集落の真ん中にある学校は、柱と天井はあるけれど床も壁も無いのでした。

校舎建設の対話が目的だったのですが、せっかくだからと「なぞぺー」から数問、子どもたちに出題。パズル慣れしない子どもたちには難しかったようですが、先生こそが熱心に取り組んでくれ、やる気を感じました。村人もみんな集まって歓待してくれた昼食の場で出てきたのは、何と、茶碗一杯に盛られたカエルでした。お国柄なのか、食事はおしなべておいしいものばかりだったのですが、カエルには戸惑いました。鶏肉の味に似ていると聞いたことはありますが、全然違っていて、強いて言えば川で捕まえたカジカの焼いたのに似ているなと思いました。
 そして、視察の結論は、花まる第一号として、そのカエルの村の学校建設を支援することにしました。

このところ、国家の安全保障の問題がかまびすしかったですが、「我が国とあの国」という線引きをしたイメージでとらえる限り戦争はなくなりません。最大の安全保障は信頼関係。「お役に立てる側が貢献する」という形で、個人と個人が信頼の糸を草の根で何本も編み込むことが、どんな政策よりも平和に繋がると信じます。
 来年は、会員にも参加してもらえるといいなと夢想しています。遠い異国で、瞳輝く子どもたちが学ぶ学校の校舎の片隅のプレートに、自分の名前が刻まれているって、いいですよね。小さいけれど具体的な貢献は成功体験にもなるし、気高い意識の涵養にふさわしいと思っています。

花まる学習会代表 高濱正伸