花まる通信 『笑顔と涙、それぞれが誓う未来』

『笑顔と涙、それぞれが誓う未来』2016年5月

これは、サマースクールに参加した、ふたりの少女の物語。主人公は、RとN。小四と小五。Rは小三から花まるに入会した。初めて参加した昨年のサマーは、緊張や不安で、期間中に七~八回も嘔吐してしまった。R自身も自分のことを「精神的に弱い」と言う。二回目となる今年のサマーはどのコースにしようか。チラシを眺めていた時に「一番過酷そう」に見えたのが、リバー探検隊だった。怪我をしやすいところだと、周りを見ることができるようになるのでは。弱い自分を自覚しているからこそ、同じような境遇の人の支えになりたい。自分なりに考えた末、Rはこのコースへの参加を決めた。
 一方、N。引っ込み思案。言いたいことがあっても、言葉よりも先に涙が出てしまう。両親はそんな我が子を見て、花まるの教室で、野外体験を通じて、自分の思いを出せるようになってほしいと願い、Nが小一の時に花まるに入会した。現在は、中学受験を目指し、スクールFCに通う。夏休みはもちろん夏期講習。けれども、サマーには絶対に参加したい。選択肢が限られていた中で、自分で探し、考え、参加を決めたのが、リバー探検隊だった。そんなふたりが、サマーで、出会う。
 すぐに意気投合した。サマー常連の五年生Nは、自分のことをしっかりやるのは当然ながら、その上で、困っている子がいれば自然と手を差し伸べてあげられる。周りを見て行動していたNの姿に、Rは惹かれた。Nはいつも笑顔で接してくれ、いつも一緒に遊んでくれた。そんなNの存在が、Rにとって大きな安心となり、宿に到着してからRが嘔吐することは一度もなかった。そんなRの一番の魅力は、人間味にあふれていること。人を笑わせたり、楽しませるといったことが大好き。「面白そうだな」と感じたら、すぐに食いつく。自分も一緒にやる。それを見て周りがゲラゲラ笑う。いつもRは、笑いの中心にいた。食事を終え、部屋に戻るまでの道すがら、仲間を集めて打ち合わせ。部屋に戻ると、すぐに漫才が始まる。もう四六時中お楽しみ会状態である。そんな風に笑いを生み出すRに、Nもまた、惹かれた。自分よりも体格が大きかったこともあり、Rにおんぶしてもらったりもした。Rがやる漫才のそばには、常にNがいた。お互いが、それぞれのことを深く理解していた。
 それぞれの持つ魅力が、班をすぐひとつにした。まとめようとしなくても自然とまとまっていった。Nのもつ底知れぬ優しさが、Rの自然体でまわりの笑顔を引き出す力が、周囲を惹きつけて止まなかった。そんなふたりが、活動中、自然と口に出すようになった言葉がある。
『花まるの先生になりたい』
 その背景には、リーダーの存在があった。いつも笑顔で見守り、優しく受け入れてくれ、時に道を照らしてくれるリーダーの姿に、自分の将来像を重ねた。
 そして迎えた三日目、最終日。表彰式が行われた。活躍した班ごとの表彰が終わり、次はいよいよ個人の表彰。MVPの発表である。選ばれたのは、男子。RとNは笑顔で祝福していた。次は、個人の特別賞。文字通り特別なのであるから、発表の瞬間、会場全体の空気はさっと緊張感を含んだ。この三日間の活躍、そして将来ぜひ花まるの先生になってほしいという願いをこめて選ばれたのは、Rだった。満面の笑みで喜ぶR。その横で、Nは拍手を送っていた。いつもの笑顔で。しかし、その表情の奥に潜むNの本当の気持ちを、リーダーはわかっていた。賞状渡しの時間。一人ずつ呼び出し、ふたりっきりで話をする最後の「一対一」の空間。リーダーは敢えてNを最後に呼んだ。時間をなるべくたくさんとってあげたかったから。リーダーの横に座るN。その瞬間、大粒の涙がNの頬を伝う。やがて、とめどなく溢れてくる。悔しさとともに。リーダーがいる時に私も賞をもらいたかった…。そう言うNの様子を、リーダーは黙って見つめていた。笑顔で。ひとしきり泣き、少し落ち着きを取り戻したNに、リーダーは聞いた。悔しかった?静かに、深く、頷くN。すると、リーダーは静かに話し始めた。Nが特別賞をもらえなかったこと、リーダーは悲しくないし、悔しくもない。だって、Nの頑張りを目の前で見ることができたから。人が見ていないところでも、一生懸命なNの姿を見ることができたから。これで充分。Nの成長を見られて本当に嬉しい。また泣き出すN。リーダーは続ける。Nは立派な花まるの先生になれるよ。Rよりもひとつ歳上だから、Nは一年早く花まるのリーダーになれるんだ。ひと足早くリーダーになって、一緒に働こうよ。ようやく涙を拭いた。その眼にもう迷いはない。いつものNの笑顔になった。
 帰りのバス、NとRはいつものように笑い合っていた。家に着くなり、来年もリバー探検隊に行く、と両親に宣言したN。もちろんRも。膝にできた大きなアオタンも、リーダーになるための立派な勲章。笑顔と涙。それぞれの経験が、またひと回り、ふたりを大きくした。

鈴木 和明