花まる通信 『ジアタマは育つ』

『ジアタマは育つ』2016年10月

「ぼく、実は5年生なんだ。」
教室に入り、プリント教材に学年を書きこもうとしたときの、1年生の男の子の発言です。え?そんなにお兄さんだったの?と返すと、それを面白がったのか、
「本当は一千万年生!一千万年生一千万組なの!一千万年生一千万組もあるから、普通の学校じゃ入らないんだ。」
東京ドームくらいの教室?と返すと、
「東京ドームじゃ小さいな。8倍くらい。」
大きいね、その学校どこに建てるの?と聞くと、
「あ!地球くらい大きいのにしよう!宇宙に建てるの。宇宙にあるから、ふわふわって浮かびながら学校に行けるの。すごく楽しそうでしょ。あ、でも息ができないかも。じゃあこんなのどうかな!大きい牛乳瓶に空気をたくさん入れて、それを口にくわえるの…。」

なんともスケールの大きな、突拍子もない話をする子だな、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、目の前にないものを頭の中にイメージし、これだけ膨らませることができるのは、稀有な才能なのです。地頭という言葉は、一般に「高等教育で与えられたのではない、その人本来の頭の良さ」という意味で用いられます。それとは別に、私は、「頭の中で物事をイメージし操作する力」に「ジアタマ」という言葉をあてて捉えるようにしています。なぜなら、この力こそが、受験でも社会でも問われる抽象思考の土台だからです。なぜそうだと言えるのかは機会を改めてご説明したいのですが、その定義ならば、この子はとてもすばらしい「ジアタマ」を持っている、といえます。

「ジアタマ」は、遺伝的要素だと考えられがちです。実際に全く関連がないとは言い切れないのですが、実は後天的に、大きく伸ばすこともできるのです。

「ジアタマ」が後天的に伸びる要件の一つは、考えるのが好きで好きでたまらないと思えていることです。川島とともに算数オリンピックの問題を作っている、問題作りの天才青年の話をします。彼は小学生の頃サッカーが好きで、家でご飯を食べる時も、箸をサッカー選手の足に見立ててシュートやドリブルの疑似練習をしていました。ほどなく母親にやめなさいと言われたため、今度は自分の部屋の机の上で鉛筆をたくさん並べ、一人で毎日コソコソと疑似試合をしていました。発想力溢れる彼は、サッカーが好きだったというだけでなく、それほど、小さい頃からああだこうだと頭の中で思い描くことが大好きだったのです。

「ジアタマ」が伸びるもう一つの要件として、一見矛盾するようですが、イメージする感覚を知っている、ということも挙げられます。イメージできるからこそ考えることが楽しくなり、考えることが楽しくてつい考えてしまうからこそイメージができるようにもなる。イメージすることと考えることの間には、このような密接な相互関係があります。高濱が著書『小3までに育てたい算数脳』で、「思考力を伸ばすのは外遊びだ」と書いていますが、たとえば同じようにかくれんぼをしていても、「あはは、見つかっちゃったー。」という子と、「絶対見つかるもんか!」とあの手この手で隠れ方を考える子では、伸び方が大きく違うのです。そして後者の子は、木や建物の裏側をイメージできるからこそ、どう隠れるかを考えることにのめりこめる、という面も間違いなくあります。近年、映像やアプリを始めとする技術の進歩の恩恵で、立体の裏側や断面を画面上で疑似体験させることで、イメージする力そのものを後天的に伸ばすことができるようになりました。昨年度から開講している「Think!Think!」という研究授業を通じて、そのことには確信を得ています。

いくつかの事例を載せましたが、子どもが考えることを好きになるきっかけは、様々です。保護者の方からすると、わが子の言動が極端に見えたり、飛躍しすぎに見えたりすることもあるかもしれません。ですが、そんなときの「子どもの世界ながらに、考えることが好きになっているんだな。たくさんイメージする経験をしているんだな」という周りの大人の温かいまなざしが、子どもたちのジアタマを育てる何よりの支えになるのです。

川島 慶