道場コラム 『道場には、本気で立ちはだかる大人がいる』

『道場には、本気で立ちはだかる大人がいる』 2017年5月

「教育なんてものは、やり方や教える内容をちょっとやそっと間違えたからといって、大した問題にはなりません。かかわる大人が熱意を持っていれば、必ず子どもは感化されて一生懸命やるようになる。子どもに説教してみれば分かるでしょう。子どもは説教の中身なんて、なあんにも覚えちゃいない。覚えているのは、親が一生懸命説教してくれたことだけ。要するに、教育は一生懸命すればいい。子どもにその熱意が伝わればそれだけでよし、ということです。」
(『日経Kids+』養老孟司インタビューより)

インターネット、通信教育、人と人とを介さない学習もある。あえて通塾するということは、通ってくる子どもたちと私たちの顔を突き合わせることに意味があり、何を教えたか学んだかの次元ではなく、そこに本気の人間が立ちはだかるという現実がある。学習は「自分がどうするのか」という世界。主体性、当事者意識があるかないか。あなたはどうするの、どうしたいの。本気で向き合わなければ、成立しない。知的水準の高い、優秀な生徒だから本気が成立するのではない。たとえまだ幼い、発展途上の子でも皆同じ。むしろ彼らだからこそ、こちらが本気でなければ動かない。この人は自分のために本気だ。そこで、やっと彼らも動き出す。人と人との関係を求めている。勤勉さが冷淡になり、労働がますます抽象的になり、そこには疎外された人が自然と増えてくる。そして人間関係が希薄になると傷つく。傷つくとまた避ける。逃避がはじまり、現実世界で生きていけなくなる。だから、人と人との関係にもまれて成長するしかない。道場には、本気で立ちはだかる大人がいる。

西郡学習道場代表 西郡文啓