『三角形』2025年12月
私には自分より20歳以上も年若い友人が何人かいます。皆、何か一つ優れていたり私にはない魅力があったりするので、一緒にいる時間は本当に楽しいし、彼らのアンテナでキャッチした「いまおもしろいもの」を教えてもらうことが脳への刺激にもなります。そんな友人の一人で、デザイン一つ任せてもススイのスイで素晴らしいものを作ってしまうし、ピアノもフルートも天才的な創造性を見せるし、パズル作りのアイデアも湯水のごとく出るし、とうとう建築では世界で一番の賞を取った男Hくんがいます。彼が「矢野和男さんの『データの見えざる手』(草思社)という本が、ここ数年でダントツ良かったです」と教えてくれたのは、もう数年前になります。矢野さんとは実は社会人の勉強会的な会合で、何年も前に会っていたしお話しをしたこともありました。ゼロイチ成功組の押しの強さや陽気なパフォーマンスと違い、堅実で寡黙な方に見えました。その著書も買ってはいて速読的に流し読みはしていました。しかし、Hくんが言うならと改めて読み直してみたら、人間の幸せを先端的な技術を使って研究した力作で、あまりのおもしろさに引きこまれ一気読み。宝を見逃していた自分を恥ずかしくも感じましたが、感動が上回りました。
その矢野さんと『AERA with Kids』(朝日新聞出版)で対談できることになりました。最新作の『トリニティ組織』(草思社)がお話の中心です。この本は彼独自の解析技術を使って一兆件のデータを分析した成果で、一言で言うと「社員が幸せで生産性が高い組織は、人間関係に『三角形』が多かった」というものです。たとえば、上司と二人の部下がいて逆V字の形で関係があるよりも、その部下同士が強い絆で心理的安全性とともに信頼関係があり三角形の形になると、幸福でパフォーマンスが良くなるというもの。社会人だけではなく学習塾での研究データも出ていて、先生と生徒との間に三角形ができると成績さえも伸びることが研究データとして明示してあります。注目すべきは、三角形の相互のつながりの意味で、簡潔に言うと「休み時間の雑談が多いほど絆は強い」ということが示されています。
まあ人間関係に気を遣う日本人としては、言われれば「そりゃそうだ」となりますが、科学的エビデンスで示せたことこそが価値だし、帯で山口周さんが書いているように「ついに日本発の世界水準の組織理論が出た」ということになります。
さて、対談も終えて私が考えたのは、いや待て、このトリニティ(三角形)理論は、子育て・家庭でも言えるぞ。いやいやそもそも私は講演会で何度もこのことを言ってきたではないか、ということでした。
一つは「夫婦の危機」について。子どもの健やかな成長の中心点は偉大な「母」です。しかし、行き渋り・親の言うことを聞かない・宿題をやらない・弟をいじめる等々、症状はさまざまあるなかで、子どもの課題に見える多くの問題は、現場で目を凝らして見ていると、「これは夫婦の信頼関係の崩壊とそれに伴う母の苛立ちや不安が根本原因じゃないか」と感じることが多かったのです。その究極のケースが離婚ですが、お互い頑張っているし愛着はあるのに、なぜそういうことになるのか。
数年前、コロナの最大の恐怖から解放されつつあった時期に、本当に偶然「うちの娘夫婦が離婚寸前なんだよ。話を聞いてやってくれないか」とか「うち、もう危ないんです。一緒に話を聞いてもらえないですか」と頼まれて、激突状態の若いご夫婦の仲立ちに挑戦したことがあります。見込みなどなく単純に「これは誰もやったことがないんじゃないかな。おもしろそうだな」という好奇心と「少しでも役立つ可能性があるなら、この仕事をやっている意味もあるな」という貢献したい気持ちだけでした。
そして立て続けに三組のご夫婦とお話ししたのですが、結果から言うと三組とも明らかな改善がありました。一組などは一か月後に手をつないだりじゃれる形で小突き合ったりしながら登場しました。私は何をやったのか。至極単純です。二人の間に入ってお互いの言葉を繰り返していただけです。夫が「こいつに言っても無駄なんですよ」と言えば「こいつに言っても無駄とおっしゃっていますよ」。妻が「本当にもう、私の気持ちなんかわからないんですよ」と言えば「本当にもう、私の気持ちなんかわからないっておっしゃっていますよ」というように。方針があったのではなく直観でそうしたのですが、これがどういう効果をもたらしたか。恨みや激突だった心理状態が、だんだん「笑えてくる」または「温かい」感じがじんわり広がるような感覚になってきたのです。
そんな簡単にいくかと思われるかもしれませんが、二者でいがみ合っていては解決できないことも、「男はつらいよ」の寅さんのように“おせっかいおじさん”として三角形を構築するだけで、人間関係はぬくもりを生み出すのでした。
また、講演会で繰り返してきたのは、一つの家族のなかだけで頑張ろうとするよりも「3つくらいの家族同士が『いつもこの三家族でキャンプ行くんです』『この三家族で浦和レッズの応援に行くんです』というようになると、母の安定・安心感がグンと高まりますよ」ということです。詳しく言うと、二家族だと、ちょっとしたことで関係がギクシャクしたものが修正しづらい。二が三になると柔軟な仲裁や緩和の声かけが入るということがわかりました。
どうでしょうか、これらも家庭の幸福のための「トリニティ理論」と言えるのではないでしょうか。私の役割はエビデンスを示す研究者ではなく、現場の荒波に立ち観察し感じ言葉にする「お父さんお母さんの応援団」だと考えていますが、これからもアカデミックの分野の方々に学びながら、子育てを頑張っておられるご夫婦に、少しでも役立つ応援・アドバイスができるようになりたいと思います。
新しき年が、多くの三角形の構築とともに、心穏やかで幸せをかみしめられる子育てで満ちますように。よいお年をお迎えください。
花まる学習会代表 高濱正伸
