『図形遊び』2026年2月
年長クラスでおこなう思考実験で、私が好きな実験ベスト3に「鏡映し」があります。不思議な線が印刷されたテキストに鏡を立てて置くと、線対称の図形が見えるという実験です。子どもたちは「クワガタがいる」「リボンみたい」と見知った形を見つけたり、不思議な模様の世界を楽しんだりします。花まる学習会では「図形センス」という言葉をよく使います。図形の特徴を見つける、同じ形を再現する、補助線を見つける。こういったことを理論立てて理解することもできますが、幼児期は感覚的に図形をとらえることが得意で、幼児期だからこそ伸ばせる力です。そして図形をおもしろがる経験が、図形センスを伸ばします。
小学生の頃、私は算数で大きくつまずくことはありませんでしたが、算数が好きだと思ったこともありませんでした。そんな私が「図形は好き!」と思えるようになった出来事があります。
4年生の角度の単元で多くの子が苦戦する「同位角」と「錯角」。平行な直線に別の直線が交わると決まった場所の角度が同じになるという法則ですが、この「決まった場所」を見つけるのが難しく、何度も反復練習をして子どもたちはマスターしていきます。小学生だった私も、先生の説明を聞いて「なんか難しそうな言葉だなぁ」という印象だけで終わり、すぐに理解したわけではありませんでした。
学校で教わってから数日経った、日曜の夕方。友達と遊んだ帰り道、私は足元を走る、道路と歩道を分ける白線をなんとなく眺めていました。二本の白線は並んでずっと真っ直ぐに続いています。歩き続けていると、電線の影が二本の白線の上に斜めに重なりました。それを見ながら「こことここは同じくらいの大きさ(同じくらいの角度)だなぁ」と、ぼんやり考えていました。その後も、二本の白線の上に電線の影が何度も重なるのが目に入ります。「全部形が似ている」と眺めていると、はっと気がついたのです。
「これが算数の授業で習ったやつか!」
同位角と錯角というキーワードは覚えていなかったので、「あの、角度が……同じになるやつ!」とモヤモヤを残しながらも、心のなかは大興奮。「ここが平行だから、ここが同じ大きさになる。こことこことは離れているけれど、同じ線でつながっているから同じ大きさ」と、足元に広がる影やタイヤの跡、真っ直ぐな木の枝が次々と図形に見えてワクワクが止まりませんでした。
視線をあげると、ブロック塀があります。ブロック塀にもたくさんの平行な線。そこを斜めに伸びる蔦が作る角度。どれだけ距離が離れていても、角度の法則を使えば同じ角度を見つけられるので、どこまでも図形の世界は広がっていきます。でもさすがに視界が角度であふれて頭が痛くなり、家に帰る途中で角度探しをやめました。
この強烈な体験のおかげで私はあっという間に角度の単元をマスターし、「算数のなかでも図形は好き」と思えるようになりました。
大人になってから、友人にこの話をしました。すると友人から「なんでそういうふうに風景を見られるんだろう」と言われました。あのときの衝撃が強すぎて、なぜかまでは考えたことがありませんでした。
あの体験につながるなにかが幼少期にあったのかもしれない……と、もっともっと小さい頃の記憶をさかのぼってみると、なぜか実家のカーテンや壁紙、お風呂のタイルの模様を思い出してきました。布団に入って眠りにつくまでの時間、湯船にもう少し入っていなさいと言われた時間、私はよくぼ~っとカーテンや壁紙の幾何学模様を眺めていました。大きな模様に見えていたけれど、あるパターンの繰り返しだと発見したとき。カクカクと折れ曲がる線をたどっていくと、どの壁にぶつかるのか一人で遊んでいたとき。ここが私の図形遊びの原点だったのではと思います。ぼんやりとですが、線や形を依怙贔屓していた記憶もあります。この直線、形は好き。こっちの線の折れ方はなんとなく好きじゃない。
改めて思い出すと、よくわからない遊びです。何がおもしろかったのか……。けれど、このとりとめのない図形遊びが、あの日の強烈な体験につながり、図形は好きと言える私につながっていると思います。 だからこそ、ただ線をおもしろがる。そんな鏡映しの実験が私は好きなのです。
花まる学習会 富永真子
