高濱コラム 『見えない真実』

『見えない真実』2026年4月

 花まる学習会は、35回目の春を迎えることになりました。振り返れば、最初に花まるの開催を認めてくださったのは幼稚園の園長先生方でした。ゼロイチの起業の立ち上げ期の厳しさをさまざま見てきたいまとなっては、何の実績もない私の言葉を受け入れてくださった先生方には、感謝しきれないほどの御恩を感じます。そして入会を決めてくださり、試行錯誤を繰り返す状態であったにもかかわらずお子さまを預けてくださった保護者のみなさまにも頭が上がりません。お世話になったすべてのみなさまに心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございます。

 現在は、花まるの「教育としての中身」自体は変わりませんが、次の時代にも世界から受け入れられつづけるように、経営のプロフェッショナルに入ってもらって厳しいアドバイスをいただき、事務や経理などの基幹システムから人事制度まで、ほぼあらゆるフェイズで「会社としての改革」をしている最中です。このことは、みなさまにもご心労やストレスを与えてしまうかもしれません。それは、教育者ではあるけれど経営者としては直観に頼りすぎる甘い部分があった私の責任です。申し訳ありません。社員が輝き、活き活きと授業をし、お子さまや保護者のみなさまに喜んでいただくための改善のときなのです。ご理解とご協力賜りますよう何卒よろしくお願いいたします。

 さて3月にかわろうとする頃、いまをときめくイーロン・マスクの一文が翻訳されてバズっていました。それはAIの登場と進化によって何がどう変わるかというテーマで、一言でいえば「博学に意味はなくなり、良き問いを立てる能力こそが求められる」というものでした。
 以下、要約です。

 歴史上最も価値あるスキルが、姿を変えた。何世紀もの間「一番賢い人」とは「最も多くの答えを持っている人」だった。AIは博学競争の条件を平等にしたのではなく「競技場そのもの」を焼き尽くしたのだ。ポケットにある超知能が、あらゆる問いに即座に完璧に無料で答えてくれる。次世代の勝者を定義するのは「何を知っているか」ではない。「何を問うべきだと思いつくか」だ。伝統的な教育は、何十年もかけてあなたに「答えの暗記」を強いてきた。しかしAIは一夜にして、その努力を時代遅れにした。人間の価値はもはや「知識」には紐づいていない。「どの問題が解決に値するか」を見極める「判断力」に紐づいているのだ。これこそが、機械には埋められない溝である。なぜなら、正しい問いを立てることは単なるスキルではなく、「世界観」そのものだから。そこには「センス」や「直感」が必要。誰もが眺めている景色を見て、誰もが問い直そうとしなかった「一つの真実」を見抜く力が必要だ。
 すべてを知っている機械に対して「正確で正しい問い」を投げる術をマスターすれば、あなたは何だって作り出すことができる。スキルとは「知っていること」ではなく、「何を問うべきかを知っていること」であり、それこそが、最後に残された「人間ならではの優位性」である。いまや、答えは無限だ。無料で、即座に、地球上の誰もが平等に手にすることができる。あなたと、次の偉大な企業を作り上げる人物を分かつ唯一の壁。それは「問いの質」にほかならない。問いこそが、すべてなのだ。

 驚いたのは、このことに私が尊敬しフォローしている何人もの「すごい人たち」が、鵜呑みにする形で賞賛を送っていたことです。なぜ驚いたかというと、私自身は「あのー、花まるはこのことこそを35年も言いつづけてきたんですけど」という気持ちで読んだからです。花まるをつくった時点で問題意識だったのは、なぜ加減乗除のような「作業」のお教室に行く人たちがいるのかわからない。そんなの学校で授業を聞いていればできるし、進学校の高校にでも行けば全員満点で差がつかない基礎。それよりも入試においても社会に出てからも圧倒的に差がつく「思考力」育成にこそ、力を入れましょうよ、ということでした。
 そしてその思考力とは何かについては、処女作の『小3までに育てたい算数脳』(エッセンシャル出版社)に「見える力」と「詰める力」として明示しました。「見える力」とは、本質・問い・要点・課題・解決策・補助線・立体の裏側・人の気持ち・自分の心などなど、実際には見えないけれども肝心なことがありありと見えるように感知できる能力のことです。また「詰める力」とは、課題や構想、アイデアが見えたあとに、現実は複雑でタフな入試や仕事上の問題などを最後まで「論理的に正しく」「めげずにやり切る」力のことです。これらは入試の世界では特に算数・数学で顕著に差がつくので、「なぞペー」として具体的な子どもが取り組むパズル群として提案しました。これはのちに書籍化もできて累計100万部を超えるロングセラーにもなったし、弟子の川島慶によって「シンクシンク」として世界中で何百万人もの子たちが取り組むようになったことで、一定の証明はできたかなと感じています。
 また、子どものその「見える力」や「詰める力」を伸ばすのは、生活体験だし遊びの質なのだ、なかんずく自由で主体的な自己決定のある外遊びなのだと信じて、営々とサマースクールをはじめとする野外体験を継続してきました。これものちのち、さまざまな論文等でエビデンスが出ることになったし、知の巨人である養老孟司氏をはじめとする傑物が集まって2年前に書かれた書物が『こどもを野に放て! AI時代に活きる知性の育て方』(集英社)であるなど、時代が理解してくれる段階になってきたとも感じています。
 
 さて、イーロンの意見への見解に戻ります。彼は「知識偏重の時代が終わり、優れた問いを立てられる能力こそが大切な時代になった」という趣旨のことを書いているのですが、私に言わせれば、確かに博学で知識が多いことを生業にできる分野がいくつかあったことは確かだし、これからその価値は徐々に低下していくことはその通りだけれども、そもそも「問いがよりクリアに『見える力』」によってこそ、「できる人」と「そうでない人」の差がいつの時代もずっとつきつづけてきたのです。そしてAIによって必要な知識が即座に調べられる時代にあってこそ、「見える力」の有無によって、もともとついていた格差がより広がるだろうということです。
 では「どうすればわが子のそのような能力を伸ばせるか」については、遠くない将来にまとめて発表しますが、いま重要なのは、生活の質・遊びの質・経験総量・言葉の環境・どんな大人と接するか・心をとらえる感性とだけ言っておきます。
 「問い」はもちろんのこと、いまこそ「見えない大事なもの」の価値は見失わないようにしたいですね。

「大切なものは目に見えない」
サン=テグジュペリ 『星の王子さま』

花まる学習会代表 高濱正伸