松島コラム 『ノーベル賞に思う』

『ノーベル賞に思う』 2019年11月

 新しい大学入試を受験することになる現高2生向けの英検(英検2020 1day S-CBT)の予約申し込みが始まりました。「センター試験廃止」という報道が流れ、教育界に衝撃が走ったのが6年前の2013年、いよいよ再来年に大学入試は変わります。ここに至るまでには様々な反対意見があり、まさに紆余曲折の道のりでした。もちろん現在も制度の複雑さや準備期間の不足など様々な課題がありますが、何とか実施の目途がついたことは個人的にはほっとしています。先日、「民間教育推進のための自民党国会議員連盟」の総会で、この改革を打ち出した当時の文科大臣下村博文議員に久しぶりにお話をうかがうことができました。その中で「日本を教育立国にするために官民が垣根を越えて連携してしていきましょう」という熱いエールをいただき、民間企業としてできることは何か、改めて考える機会になりました。
 拙著「中学受験 親のかかわり方大全」の中でも書いたのですが、私も以前から日本の教育を変えるには、「公教育に民間のノウハウを導入すること、大学入試の選抜方法を変えること」が不可欠だと考えていました。変えなくてはいけない理由は様々ありますが、一つには国際競争力の低下です。平成元年の世界の会社時価総額ランキングでは、20位までに日本企業が14社入っているのに対し、平成30年の同ランキングには1社も入っていません。いわゆるGAFAと呼ばれる企業が上位を占めているのです。奇しくも先日ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが、「残念ながら、川下のビジネスは日本人は下手くそ。例のGAFAと言われているアメリカ西海岸の人たちにほぼ独占されている。そこに日本の1社くらい、GAFAプラスJが入ると、日本が強くなる」と会見で言われていましたが、私はその言葉を聞きながら、日本の教育が変わらなくてはいけない象徴的な話だと感じました。言われた通りにやるのは優秀だけど、例えば開発された製品や部品、技術をさらにクリエィティブなものへと昇華させることがなかなかできない。もっと自由で遊び心を持ち、グローバルな視点と飛びぬけた発想力で、正解のない問題に飽くなき挑戦ができる人材を育てることが必要だということではないでしょうか。
 吉野さんの化学への探求心が芽生えたきっかけは、小学校の先生から薦められた「ロウソクの科学」という本だったことが話題になりました。2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隈良典さんも科学者を目指すきっかけとなった本に同書を挙げています。偉人の歴史には必ずと言っていいほど名著との出会いがあります。
 2002年にノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんが、理科への関心を持つようになったのは、小学生時代に出会った担任の先生だったと言っています。実験と観察を大切にするその先生はいつも理科室にいて、そこに出入りしていた田中少年は実験の準備や予備実験などを通じて化学が大好きになったそうです。その先生は、学校が休みの日には山へ連れて行き、夏休みには家のお寺に子どもたちを泊めていたそうなのですが、のちにその理由を「言葉で教えるだけではなく、自然に向かう自分の姿を子どもたちに見せて、自然を直に感じてもらいたかったのです」と語っています。一緒に楽しんでいる先生の姿が、子どもたちの興味・関心を広げていったに違いありません。
 2020年度から順次施行されていく学習指導要領では、小中学校の「総合的な学習の時間」の中で、「探究的な学習に主体的・協働的に取り組むとともに、積極的に社会に参画しようとする態度を養う」ことを目標に掲げています。高校では、「地理探究、日本史探究、世界史探究、古典探究、理数探究、総合的な探究の時間」など、新教科に「探究」という言葉が目立ちます。これに先行する形で私学では一斉に探究的学習カリキュラムを導入し始めています。もちろん、「何をどのように学ぶか」は重要です。しかし、「誰に直接学ぶか」によって子どもたちの未来が変わる可能性もあるのです。それを教育に携わる人間は忘れてはいけないと改めて感じています。
 吉野さんは、「人類が自然現象の中で本当に理解しているのは1%か2%ぐらいで、98%、99%は未知の哲学の状態でいろんなことが横たわっている。そういうのをチャレンジすれば、必ず誰かとんでもないものを発明できる」と未来の科学者を目指す子どもたちに大きな希望を与えてくれました。
 子どもたちにそんなワクワクするような未来を見せ続けられる大人でありたいですし、考えることの楽しさをもっともっと伝えていきたいと思っています。

スクールFC代表 松島伸浩