高濱コラム 『ジャングルジム』

『ジャングルジム』2019年2月

 ボクシングの村田諒太選手と、ある会合で親しく話す機会を得ました。もともとボクサーの中では異色の知性を感じる方だなとは思っていましたが、その秘密の一端に触れました。それは「言葉」です。出てくる言葉、出てくる言葉、すべてがいわゆる自分で感じ考え積み上げた言葉だなと、すぐに理解できました。
 たとえば、何気ない子育て話の中で、彼はポソッとこんな話をしました。「そういえば、この間気づいたことがあるんですよ。息子を公園に連れて行って遊ばせていたんですけど、ジャングルジムに登るのを見ていたら、おもしろいんですよね。あれ、まったく同じことの繰り返しじゃないですか。ところが、上に行くほどギクシャクして調子がおかしくなっていくんですよね」と。つまり、落ちて怪我をしないかというような雑念が入ることによって、簡単にできていた作業を自然にできなくなる。こういうことって誰しもありませんか、という意味です。
 聞いていた一同、すぐに彼の慧眼を感じたのでしょう。しばしの沈黙がありました。そういえばと皆が事例を想いうかべたはずです。予選のときはやすやすと勝ち上がったのに、「これに勝てばチャンピオンだ」と意識したとたんにやられてしまう。甲子園出場などの目標を目前にして「あと一回守りきれば」と考えたとたんに崩れてしまう…。子ども時代に限らず、一生つきまとう落とし穴です。
 そういえば、こういうことがありました。私が昨年から特任教授をしているIPUという大学は、教員養成を主力に置いていてスポーツ活動を大切にしている大学なのですが、野球で全国大会に行って、ダークホースながら、あれよあれよと勝ち進み準優勝をしたのです。もちろん身内として応援していたのですが、あとで聞いてなるほどなと思ったのは、監督が勝ち上がりの途中でこう言ったのだそうです。「実力では明らかに相手が上だけれど、向こうが(自分は天下の六大学の優勝チームなんだというような)カッコをつけてくれたら、勝つ可能性が生まれるから」と。一般に言う「守りに回ったらやられる」ということにも近いでしょうか。心の機微・人間学に精通した実力派監督で、だからこそ成果をつかみ取ることができたのでしょう。村田ジャングルジム理論そのものです。
 さて、ここで私が強調したいのは、まず村田選手の目です。誰もが知っているし経験したことのある「子どもが遊ぶ風景」を見て、大半の人はボンヤリ眺めているだけなのに、彼は「ん?」と気づいて、見えない真理をつかみ取っています。こういう見えないものを見て取る力量を、子どもたちにつけてあげたいですね。ここについては、何度も書いているとおりで、脳のCPUたる「豊かなイメージ力」を養成できるように、豊富な原体験を与えることが基軸となるでしょう。
 さらに強調したいのは、彼の「言葉にする力」です。ジャングルジムの真実については、実は誰もが、「言われれば確かにそのことは感じたことがある」のではないでしょうか。うっすらと気づくけれど、流れてしまって言葉という情報として血肉になっていかない。これが普通です。それを、つかみ取り、言葉にして、自分の宝石として貯めていく。これは後天的な訓練で可能です。
いささか手前味噌になりますが、私はこのことに前から注目していて、社員教育の主柱として「言語化訓練」を導入しています。授業という躍動し、たくさんの心が動く現場には、「ん?」が必ずあふれている。授業をこなすのではなく、必ずそれをつかみ取ってきて日報に書きとめておこう。それが積み重なると、コラムが書ける。月に一回、自分の言葉をベースにしたコラムを書き上げることによって、他人を説得できる文章の力を手に入れられる。そして3年も経つと、他の誰とも違う講演会をできるようになる。それを一筋の明確なルートとして作り上げています。200人近い社員のうち、30人以上が、単著・共著・ライターなど、形は違えど、本を書いて出版しているのは、この方針の成果です。
 子どもたちには、それ以前の土台である語彙力育成(花まる漢字テスト・言葉ノート・言葉1000など)はもちろん、毎週の作文で、「書き慣れること」、そして「『ほめられる文章』ではなく、『自分の心で感じたこと』を書ける力」を、着々と育てています。この反復を土台に、ありふれたジャングルジムの風景から意味を感じ取り、言葉にできるような大人に育てたいですね。花まるの言葉力育成に、ご期待ください。

 さて、一年が始まります。本年の抱負としては、なによりも教室や野外体験など現場力向上を大事にして、地に足のついた精進を重ねたいと思います。次々と素晴らしい才能が結集してきていますし、若い力とともに世界に貢献できるようがんばります。
 昨年は25周年ということで、「会員保護者が在籍するPTAなどの主催する講演会では、謝礼をいただきません」ということで感謝をお伝えする一年と位置づけていたのですが、私自身、経験のないくらいの本数の講演を依頼されました。体はクタクタになりましたが、何よりも各会場ですごく喜んでもらえたことが嬉しかったです。根がライブ好きのミュージシャンに似ていて、生の親御さんの息吹を感じる喜びの方がまさり、プールの後のような良質な疲れと充実感がありました。しかし一方で、同日複数の申し込みで抽選になり、応えきれない学校などが多かったのも事実です。いよいよ還暦を迎え、少しでもいただいたご恩を返したいと感じる毎日なので、これについては、一年延長したいと思います。微力ながら、保護者の皆様の力になれれば幸いです。
 また一年、どうぞよろしくお願いいたします。    

花まる学習会代表 高濱正伸