『自由研究コンテストはじめます』2025年5月
毎年話題にのぼることの多い東京大学や大学院での式辞や祝辞ですが、本年の大学院入学式における平地健吾数理科学研究科長の式辞が注目を集めました。アカデミックでの研究生活の厳しさと、それがゆえの深い喜びを説く内容です。彼が専門の数学の世界では、才能は若くから芽が出るものだとか天性の力がないと勝負できないとかと思われがちである。しかし、プリンストン大学のホ・ジュニ教授のエピソードが「反証」します。彼は小学生の頃、算数の成績が悪く「自分には数学の才能がない」と思い込んでいたのです。詩人を目指して高校を中退までしました。しかしその後、ソウル大学に入学し、サイエンスライターを目指して天文学と物理学を学びます。大学院在学中の24歳のときにサイエンスライターとして広中平祐先生の代数幾何の講義を取材してから、数学の魅力に取りつかれます。そして2年後には数学の論文を書き修士号を獲得。とはいえまだ注目されるレベルではなかった。しかし13年後の2022年、彼は韓国系の数学者としては初めてのフィールズ賞を受賞するのです。幼い頃、若い頃に思い込んだ自己像=コンプレックスを克服すれば、いかに広々とした未来が待っているかを教えてくれます。
また、数学なんて天才たちの活躍の場と思われがちであるけれども、ここでも経験に裏打ちされた事例を提供します。実際に彼が接した同時代の天才(14歳でメリーランド大学入学、15歳で最初の論文執筆、22歳でシカゴ大学正教授就任、24歳でプリンストン大学の教授就任、29歳でフィールズ賞受賞)である、チャールズ・フェファーマン教授と共同研究した経験に触れ、彼ですら「悪魔とのチェスの対戦」をするような苦しく長い戦いをしていたことを教えてくれます。また、特別な才能で悪魔とのチェスの戦いをする英雄のような研究者も確かに必要だが、自分のように丹念に問題の周辺を探検する数学者にも重要な役割があるのだと説きます。そして、倦まず弛まず、自分のペースを大切に、探求心を持ち続け研究に取り組むことの大切さや、「壁=行き詰まり」は在るものであり、それは大きな試練だけれども同時におもしろさの源や醍醐味であることなどを語っています。
一読して感じるのは、一度きりの人生で基礎研究などの研究生活に賭けるのは、かっこよいなということです。私ですら若い頃にこれを聴いたり読んだりしたら、その道を選んでいたかもしれないなとまで感じますから、現在瑞々しい感性を持つ学生たちは、一層深い感動を味わい研究生活への希望を感じたでしょう。
さて、今回のテーマは「研究」です。上述の例に示されるように、本格的に人生の主軸として研究を選択することは、充実と誇りを感じられる素晴らしいことでしょう。国家としての基礎研究の停滞を嘆く意見が多いいま、このような当事者からのメッセージは社会全体に叱咤とインパクトを与えるとも思います。そういう意味でも研究の価値を再認識したところなのですが、この数年、まったく別件でもその重みを感じるのです。
何度か書いている「コテンラジオ」ですが、中心の深井龍之介さんは、いま、一般企業のなかにも人文知の研究機関を持つことを推奨し、その支援を始めています。先駆的で慧眼であり、すごいなと思いました。生き馬の目を抜くような厳しいビジネスの世界では、一般企業にも真のオリジナリティと哲学、それを支える深いレベルでの探求心とビジョンがないと生き残れません。ビジネスのノウハウのようなことも大事ですが、個人と同様に法人も「まずお前は何をしたいのか、どんなビジョンを持っている何者なのか」というアイデンティティが問われる時代であり、研究への真摯な姿勢の有無は、長期的な生死すら決めるとも感じます。
また2月号で書いたように、教育の世界でも自由研究や探求が注目されて数年経ちます。そこにある良さの本質は、何かレアで特別な知識を知っているオタク性というよりも、「自分の興味関心にしたがって、日々いつも考え続けグルグル回転している頭の状態」が望ましくて、それを支えるものとして研究・探求が大事だということです。血肉になる思考力を磨く手立てとも言い換えられるでしょう。
これらのことを並べてみると、いろいろな角度から「子どもたちに研究させよ。研究の大事さを伝えよ」という天の声が聞こえてくるようです。
花まる学習会は、計算の反復作業を繰り返させるような幼児教育しかない時代に、「いやいや、コンピュータのCPUのような基本性能としての『思考力』こそが大事でしょう」ということで、なぞぺーをひっさげてスタートしました。これはこれで「Think! Think!」などの潮流になり、いまも価値を増すばかりです。一方で、大学入試の合格や社会人としての必要要件を見定めると、「やるべきことをやる力」も、思考力と双璧を成すくらい重要な力であり、それには「漢字をモレなくやれるか(漢字力)」「毎日決まった時間に宿題をこなせるか(習慣化)」などが大事だとわかり、花まる漢字テストをスタートし、あさがお・サボテンの日々の宿題化を始めました。
さらに、それ以上にどの分野に進むにせよ「心の柔軟さ・強さ」が長期的にもっとも大事であると見定めて、心が躍動しつつも人と人とのさまざまな問題に直面しながら心を鍛えるサマースクールの設計として「友人申し込みなし」の制度を始めたり、直接子どもたちに伝える場として六年生対象の「卒業記念講演会」を始めたりしました。そして、それら教育環境の最大のものとしての「親環境」を整える意味で、各教室長と保護者との細かいコミュニケーション、毎月のコラムや私からの講演会での働きかけなどをおこなってきました。
今回そこに、新しい力を伸ばす場を作ろうと決めました。そして、詳しくは後日書きますが、やる気のある子たち向けに「作問コンテスト」も開催したいと思います。自由研究コンテストの詳細は、花まるだより6月号にてお知らせする予定です。
家での時間を、本当に意義深く子どもたちの頭の良さと魅力が増すものになるよう、保護者のみなさまが花まる学習会にわが子を入れたことをますます喜んでいただけるように、私たちも努力していきたいと思います。ふるってご参加ください。
花まる学習会代表 高濱正伸