『目指す大人 ~卒業するキミへ~』2026年3月
先日、花まる作文コンテストの優秀作品を選んでいたら、六年生の作品のなかに小学校生活を振り返るものがありました。入学の春がコロナ禍のスタート。今年卒業するあなたは、ピカピカの一年生なのに学校へ行けないところからの始まりだったんだね。マスクははずせないし、三密回避・黙食・消毒みたいな時期があったよね。その作文には、運動会や音楽会が事前に収録した発表を後日録画で観る形式だったけれど「そういうものなんだな」としか思わなかったことや、二年生で学級閉鎖になったときはただ家で自習だったので友達に会いたかったこと、四年生で初めて全体で運動会や音楽会が開催されたとき、素敵だな楽しいなと感じたことなどが書かれていました。一番友達とワーワー騒いだりくっついたりしていたい小学校低学年時代にパンデミック。辛かったよね。しかし過ぎ去れば歴史。最も厳しい制約のなかで過ごしたことは、50年経っても語れる貴重な経験になったのではないかな。それに、いまマスクなしでも過ごせる「当たり前の日々」を、ありがたく感じられるよね。試練はあなたに力をつけていると思います。さて、将来あなたが大人になって働きはじめる頃を想像してみよう。見識のある方々が言っているのは、「AIや量子コンピュータやロボットなどの技術が進歩することによって、未来がいよいよ不確実で読めなくなるし、多くの仕事がなくなる」ということです。みんなが社会人になる十数年先どころか、数年先さえわからない。いますでに、少し前まで「この職業に就くと高収入・安定」と言われていた職業が、AIの進化によってなくなったり劇的に変わったりするということが実際に起こっている。それこそ私が育った子ども時代は、「有名大学に行って大企業に就職すれば安泰」と言われていたから、単純に進学校に進むことを目標にすれば良かったのだけれど、もう世界は変わったし、これからもっと変化していきます。どういう業種を目標に生きていけばよいか、どんな勉強や訓練をすればよいかがわかりにくい。そんななか、ちゃんと目を凝らして大人たちを見つめ、目指せる大人像をしっかり定める中高時代を過ごしてほしいです。
一人のモデルを紹介します。鈴木俊貴東京大学准教授。鳥には自分たちだけの独自の言葉があることを解き明かし、つまりは人間以外の動物が言葉を持っていることを人類史上初めて証明した研究者です。彼の生き方はとてもおもしろいよ。乳幼児期から虫や生き物が好きで、2歳の頃はアリに夢中だった。あまりの生き物好きに、ご両親は決断して彼が3歳のときに東京都内から自然豊かな茨城県へ引っ越した。お父さまは丸の内までの通勤が往復5時間になるにもかかわらず! 茨城での初期経験は実に豊かで、良いエピソードが溢れている。5歳のときのことを一つ紹介すると、「カブトムシは昆虫の王者なので、蜘蛛の巣にかかって食べられることはない」と図鑑に書いてある。ところが現実には蜘蛛の巣にひっかかって食べられているカブトムシを発見。「図鑑と違うよ」と報告したとき、お母さまはひとこと、「あなたが図鑑を書き換えればいいのよ」と言ったそうです。それからひたすら外遊びや野外体験に無我夢中の日々だったのだが、都内に引っ越した小六の秋に友人から「桐朋中学校というところには、ものすごい森があるらしい」と聞いて行ってみたら感動。急遽、中学受験をすることに。算数がもともと大得意だったこともあり合格。中高の6年間は生物部にどっぷり。平日はもちろん、土日もどこかの野山に出かけて観察する徹底ぶり。おかげで同級生10人のうち4人がのちに生物の研究者になったという結果もすごいよね。生物研究で有名な東邦大学に進んで、大学三年時には卒業論文のテーマ探しで軽井沢に出かけてシジュウカラの「言葉」に関心を持つ。大学院に進んで、シジュウカラには200以上の鳴き声があり、単語を使って話していることを突き止め、科学誌に投稿。世界中から注目されるようになり、次々と素晴らしい論文を発表することになったんだ。『利己的な遺伝子』(紀伊國屋書店)で有名なリチャード・ドーキンス博士が60代でもらった権威ある賞を40歳で受賞したように、地球レベルで注目される研究者になった。詳細は『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)という本に「中学生でもわかるように(本人談)」書いたそうで、語りかけるようなとてもユーモアに満ちた表現で記されているから、ぜひ読んでみてほしい。森での一つひとつの試行錯誤なんて、小・中学生の自由研究とまったく同じ視点でおこなわれていることもなんだか嬉しくなる。
1月に『AERA with Kids』(朝日新聞出版)で対談することができたのだけれど、まあ一つひとつの話がすこぶるおもしろいし「いやー、これは子どもたちの理想にすべきすごい人物と出会えたぞ!」という感動で、心がいっぱいになりました。「口から出る言葉がすべて宝石」と言える彼の話のなかで一番衝撃を受けたのは、AI時代の生き方です。「何でもチャッピーに聞けばいい」と言われるように、生成AIは万能のように思われているけれど、AIから出てくる情報は過去の論文や辞書に記載された「真実と信じられていること」の集積にすぎない。世界には「まだまだ発見されていない真実」が無限に広がっている。そこに問いを立てて地道に実験したり観察したりして、「まったく新しい真実」を発見することは人間にしかできない。それはものすごくワクワクして幸せになれる生き方なのだ、と。どう? 尊敬できるおもしろい先輩でしょう?
さあ、卒業。花まるグループに在籍してくれたキミたちは、サマースクールや雪国スクールをはじめとする野外体験で多く積み重ねてきた大自然のなかでの実体験や、新しい友達をつくるという人間関係の構築経験が、これからどんどん役立っていきます。なぞぺーやキューブキューブ、レインボータイムで培った思考力もいろいろな場面で活きてくるでしょう。作文もパターンメーカーも四字熟語もたんぽぽもサボテンもあさがおもたこマンもさくらも、やってよかったと思える日が来ます。自信を持って歩いていってください。 何かを「大好き」と信じられることが人の芯で大切なこと。研究者の偉大な生き方を示してくれた鈴木先生をはじめ、素敵で輝く大人はたくさんいます。「かっこいいな、素敵だな」と思える大人を探しては、何をすればそうなれるかを学んで目標にしていってください。青春は悩むお年頃でもあるけれど、困ったり心配になったりしたら、いつでも相談してください。私はずっと、花まるファミリーのキミたちの味方です。
卒業、おめでとう!
花まる学習会代表 高濱正伸
