高濱コラム 『うまくいかないこと』

『うまくいかないこと』2026年10月

 夏の終わり、COTEN RADIOで帝政ローマの五賢帝をやっていました。あいかわらず細部細部に学びが詰まっていたのですが、おもしろかったのは五賢帝に限らず歴史全体を眺めたときに、「(カリギュラやネロの時代のあとに五賢帝時代が来るように)最悪の指導者のあとに賢帝が出る」という話でした。それは同時に「(マルクス・アウレリウスの直後にコンモドゥスが出たように)賢帝の直後には愚帝が出がち」ということでもあります。意味は、ひどい指導者を見させられると反面教師となり、次代のトップ候補を含む国民皆が「まずい! こんな状況だけは脱しなければならない」と問題意識をもち、心底の願いとして改革に向かう。しかし、安定の良き時代は覚醒が生まれにくいどころか「このままで良い」と変化を望まない方角にジリジリ衰退へ向かう。その大きな傾向のなかで無哲学または放蕩の愚か者も出がちということです。
 いろいろ考えさせられます。さしずめいまの日本は、あれこれ嘆く人はいますが、世界と比べたときに、戦争も回避し経済も豊かで平和な時代が長く続いたからこそジリジリと衰退が続き、「必要な改革ができない落とし穴」から抜け出られない状態なのでしょう。黒船襲来とともに植民地化させられるかもしれない猛烈な危機の直後に明治維新とその後の発展を成し遂げたことや、太平洋戦争の敗北の焼け野原のあとに歴史的な経済復興を遂げたことを考慮しても、もっと徹底的に転落しなければ徐々に衰退する「ゆでガエル」状態を抜け出られないのかもしれません。
 歴史は、指導者を見ても国全体を見ても、「上がったり下がったりの変化を繰り返していく諸行無常の波のようなもの」ともいえるかもしれません。そしてこれは、会社や個人というレベルでも同じだと思います。何かを成し遂げた人物の個人史を研究するに、「苦労した人は強い」と言われるように貧困や失敗・挫折・孤立といった不遇な経験をした人が多いことは確かですし、会社もそうですが、成功のあとには往々にして現状維持志向がはこびり衰退がはじまる。
 これらは不完全ゆえの愛おしい人間の性でもありますが、いまを生きる我々はどうあるべきでしょうか。特に親としてどうすればわが子の心に火をつけられるでしょうか。
 一つは、百年企業のように何代にも渡って営々とバトンをつなぎ発展している会社に学ぶこと。そこには帝王学(次代を担うトップを育成する厳しい教育)があります。それは、計画性をもってつらい経験をさせること、とも言えるかもしれません。中身は多様でしょうが、必ず共通項もありそうで、今後研究してみたいと思います。
 ただ、「○○家の帝王学」が書面として存在しなくても、子育てで意識的にできることはあります。一つは「厳しい経験に背中を押す」ということだし、「わが子の試練を良き機会ととらえる」ということです。ことなかれの順境や安穏に浸かっていては、人は育ちません。「心が跳ねる(強くなる)」のは逆境に直面したとき。そのときの子どもはつらいですよ。しかし「おうち(絶対の居場所)」があって「母(絶対の守護神)」がいれば、心は回復します。難局に直面した経験の反復のなかで強靭な心が育まれる。『ちゃんと失敗する子の育て方』(西郡文啓・高濱正伸 著/総合法令出版)ではないですが、きょうだい喧嘩・友人との諍い・お稽古事での挫折・試合でのエラーや敗北に直面したときは親だってへこんでしまうものですが、慰めではなく「これはこの子が飛躍する機会」と捉えてほしいところです。ジャン=ジャック・ルソーの言葉を借りるまでもなく、少なくとも「わが子に艱難辛苦が来ませんように」という方針で強い人は育たないことだけは言いきれます。

 また、親御さん自身についてもこの点での学びがあると思います。それは、完璧な親でなくても「反面教師」という救いの道があるということ。長年、無数の家族を眺めていると、優秀なご両親に勉強のできる子が育つ傾向は明確にあるし、深い愛情を受けられることはどんな子でも何よりも大事。ただ、立派な親かというと世間的にはクレーマーと呼ばれるような方なのに、子どもはちゃんとしているなというケースもありました。
 20年以上も前ですが、何かあると突っかかってちょっとした連絡忘れのようなことにも怒鳴り込んで文句を言ってくるお母さまがいました。うちはまだまだ軽いほうで、学校などには始終クレームを言いにいっていたらしいのですが、あるときそのお母さんが帰ってしばらくして本人が通学してきたときに、「先生、うちの母また来ました? 本当すみません。私にとっては良い母なんですけど……。外には食ってかかるところがあるんですよね」と、親に代わって謝罪するのでした。「親ガチャのハズレだから」と親に恵まれなかったことを言い訳にするような残念な人も多いなかで、反面教師として前向きに外交の人間力をつけた事例かもしれません。いずれにせよ負の受け取り方と本人の器次第ではこういうこともあります。
 いま多くの経験をして振り返ると、そのお母さんに足りないのは夫婦の信頼や共感だったようにも思いますが、言いたいのは、立派な親であろうと無理して心がカラカラになってもよくない。子育ての方針を持ち、頑張ってみる。けれど、達成できなかったり、やるべきことから逃げてしまったり、子に言いすぎたりとうまくいかなくて後悔するようなことがあっても、自分を責めすぎないでほしい。奥の奥で「結局私のことを愛してくれているからこそ、こんなに感情的になっているんだな」と子どもに伝わってさえいれば、子から見て親のその姿はあまりよろしくないなと思える行動だったとしても、まず少なくとも反面教師としての価値は存在する。そもそも誰もが不完全。根っこでは頑張ろうと真剣に向き合っている自分を信じ、「ま、いっか」と自分を許しながら過ごしてほしいなと、毎日毎日多くの子育て相談のお手紙を読んでいて感じました。
 
花まる学習会代表 高濱正伸