Rinコラム 『くじけない心を育てるために』

『くじけない心を育てるために』2025年12月

 アート制作をする前に、子どもたちと哲学対話をします。「ARTのとびら きはん」と呼んでいるものです。大切な問いは3 つあり、そのひとつが「うまくいかなくても くじけない」。
 
 思い通りにならないとき、イメージ通りにいかないとき、みなさんならどうしますか? 目の前のわが子が、そんな状況になったとき、どう声をかけるでしょう。
 教室では、子どもたちが次々に答えてくれます。「やり直してみる」「そのまま続けてみる」「お友達に手伝ってもらう」――どれもが間違いではありません。
 そして、「どうしても困ったときにどうする?」という話も必ずします。うまくいかないときには、助けを呼んでもいいのだよ、と。
 「そのときに必ず先生が聞くことがあります。それはなんだった?」「『じゃあ先生がやってあげるね』と言って先生が代わりに作る?」そう尋ねると、ある女の子が「先生はそんなこと、いままでにしたことなんか一度もない!」と小さな声で言いました。
 「そうだよね、作品は先生のものじゃない。本当はどうしたかったのか教えてね。一緒に考えるから」
 そう伝えて、自分と向き合う作品制作は始まります。

 「くじけない」と頭ではわかっていても、どうやったら感情のコントロールができるのか、そのすべを知らない幼い子どもたちに「うまくいかなくても?」と聞くと「くじけない」と言えるほど、魔法の言葉としてその子の身体のなかに入っていく。音声言語が優位な子どもたちにとって、その“言葉の記憶”は支えになります。

 でも本当に大切なのは、うまくいかない経験を、葛藤を、試行錯誤を、「大切なこと」として扱っていくこと。
 「あなたは、どうしたかった?」「ことばで教えてね」と伝えておくと、どんなに幼い子どもたちでも「なんとかして伝えたい」と思いをめぐらし、言葉を探し、懸命に考えを整理して伝えようとしてくれます。
 そしておもしろいことに、「あ! わかった! いいこと思いついた!」と言い出すのです。
 
 もうおわかりでしょうか。人は「本当はどうしたいのか」を相手に伝えようとする過程で、自分で、自分のなかにある答えを導き出してしまえるのです。
 このことに気づいてからは、私は必ず「ことばで、教えてね。一緒に考えるから」と伝えるようにしています。そして、本当に、「どうしたかった?」と架空のマイクを向けるのです。
 こころから共感し傾聴するだけのときもあれば、「先生、いいこと思いついたよ!」と意見を言うこともあります。その子のこころの状態を観察して、一個の人間として、同じ表現者という対等な立場でそこに存在する。そのことが、「あなたを信頼しているよ、あなたの思いを知りたいよ」という愛のかたちとして、ちゃんと伝わっていく。

 自分のなかに、答えはちゃんとある。そしてそれを一緒に考えてくれる人も必ずいるんだよ。

 「ARTのとびら きはん」。創作するときのグラウンドルールと思われがちですが、実は、社会に出て、彼らが自分の人生を選んでいくときに指針となるような、大切な羅針盤になってくれますように、という願いを込めて問いかけているのです。
 子どもたちも私たち大人も、葛藤を大切にしながら、自分の人生を生きていけますように。

  井岡 由実(Rin)