『言葉が人格をつくる ――「よかったね」で終える』2026年4月

『言葉が人格をつくる ――「よかったね」で終える』2026年4月

 子どもたちと向き合っていると、ふとした一言に、その子自身の背景がにじむ瞬間があります。
 ときどき、「それはいじわるだなあ」と感じる言葉に出会うことがあります。否定的に物事を捉えたり、自分のわがままを通そうとしたりして、まわりの人が聞いていやな気持ちになる言葉を、あえて聞こえるように言ってしまう。その奥には、「わかってほしい」「認めてほしい」という、まだうまく言葉にならない切実な願いが隠れていることも少なくありません。
 「もうすぐサンタさんが来るねえ。まわりの人が聞いて美しい言葉を使おうか」と一言伝えるだけで、発言に気をつけるようになった子もいました。あるいはあえて反応しないことで、「褒めてもらいたい」「よりよい自分でありたい」という本当の思いに気づかせていくこともあります。
 自分に自信がなく、誰かを見下げることでしか立っていられないのかもしれない。いい子でいようと我慢しつづけてきたことが、思春期に爆発してしまうのかもしれない。「自分だけを見てほしい」「認めてもらいたい」という切なる願いが、ねじれた形で表出することもあります。そう考えてみると、まずはたくさんの愛情を注ぐことが先決だと感じる場合もあるのです。
 年中コースの思考実験や、アトリエでの創作の時間は子どもたちにとって特別です。作品はその子の分身。だからこそ、作品を介して交わされる言葉は、そのまま心に届きます。「いいね」「おもしろいね」「あなたらしいね」。その積み重ねが、「ありのままの自分でいていい」という感覚を育てていきます。言葉によって、その心を抱きしめることができるのです。
 花まるは、心を育てる場所です。幼児期に大切なのは、感ずる心を育てること。人格の土台となる心がしなやかであるかどうかは、逆境へのめげなさや、やり抜く力にも通じます。人とのコミュニケーションも、突き詰めれば「相手の心を見ること」にほかなりません。
 子どもたちの言葉は、周囲の大人の言葉を映します。私たち大人が、正しい言葉、きれいな言葉、丁寧な言葉を意識して使うこと。人の心は言葉にあらわれます。言葉は心を伝える道具であり、その人の人格や哲学を形づくっていきます。
 幼児期の子どもたちは、時間軸をさかのぼることが得意ではありません。いまを生きる彼らにとって、出来事の「最後の印象」が、その出来事全体の印象になります。だから、どんな日も最後は「よかったね」で終えたいのです。
 どんな失敗をしたとしても、最後に「大変だったけれど、もうスッキリしたね。よかったね」と一言添えてあげる。すると子どもたちは、魔法がかかったかのように「うん」とうなずきます。「ああ、よかった」という感覚から、自然に「ありがとう」という言葉も生まれます。
 つらかった出来事も、最後を「よかった」で終える。その積み重ねが、やがて何かが起こったときにも、そのなかから良い面を探そうとする人を育てていきます。
 夜、寝る前に、その日一日の「よかったこと」を話して、「おやすみ」で終えてみてください。それが少しずつ、その子の人格を形づくっていきます。
 どんな言葉で一日を終えるか。それを選べるのは、私たち大人なのです。

井岡 由実(Rin)