Rinコラム 『美意識は、誰かを幸せにする』

『美意識は、誰かを幸せにする』2026年10月

 ある日の授業後、お母さまからこんなおたよりをいただきました。

 デカルコマニーに、デカルコマニーが隠れている仕掛け! 子どもの想像力はすごいですね。その日の夜、乾かしていた作品を見て、またやりたくなった娘は、「小さいのはアートの本にするんだ。これが表紙!」と楽しそうに制作していました。途中、「作者の思いはね……」と説明もしてくれました。
 先日の私の誕生日には、「ママはここで待っていて!」と言って二階のリビングへ。しばらくして入ってみると、壁には飾りつけがされ、ひまわりのペンダントを首にかけてくれました。私を思って作ってくれたのだと想像すると、心から幸せな気持ちになりました。Rin先生のインスタにあったように、まわりの人を幸せにしたいという思いが、娘のなかにも育っているのかなと感じました。

 年中コースの思考実験でもおなじみの「デカルコマニー」は、フランス語で「転写」を意味する、モダンアートの技法の一つです。
 最大の喜びは、紙を開くまで、どのような模様があらわれるかわからないこと。絵の具の量や粘度、置く場所によって、色の混ざり方も形も変わります。偶然生まれた模様を見つめながら、「何に見えるだろう」「ここがおもしろい」と自分の関心に従って想像を広げることができ、鑑賞の心を呼び覚ます。この創作レシピは、保育園や小学校でおこなう「対話型鑑賞」の最初の授業に、必ず取り入れているものです。

 言葉を使って鑑賞するとき、それは作品を上手、下手で判断する「評価」ではありません。作品には、その人のなかにある美意識が映し出され、「その人らしさ」が宿ります。「いいね」「ここがすてきだと思った」「作者の思いを聞いてみよう」。作品を見つめ、そのよさを言葉にし合うことは、互いの「その人らしさ」を丸ごと認め合う経験になります。

 ここでいう美意識とは、色や形の好みだけではありません。どのような言葉や振る舞いを美しいと感じ、何を選び取るのかという、生き方の基準。「人を傷つける言葉は選びたくない」「相手がうれしくなる言葉を渡したい」。そうした判断にも、美意識が表れます。

 「目の前の人を幸せにしたい」そんな思いを育てるのは、「あなたがいてくれてうれしい」「ありがとう」と受け止めてもらい、「人に喜んでもらえた」「人の役に立てた」と感じる経験の積み重ねなのでしょう。
 「自分の行動は、誰かを喜ばせることができる」という手応えは、自尊心の土台となり、やがて「喜ばせたい、笑わせたい、幸せにしたい」という他者への思いやりへとつながっていきます。

 デカルコマニーの技法だけでは終わらない、子どもたちの思考実験と遊び心。自分の作品で目の前の人を幸せにしたいという思いは、自己肯定感や達成感のさらに先にあるものです。
 自分の表現や思いをありのままに受け止めてもらった子は、少しずつ自分の美意識を確固たるものにしていきます。自分への信頼はやがて、「今度は自分が誰かを喜ばせたい」という思いへと、ひらかれていくのではないでしょうか。

 美意識とは、誰かを幸せにするために、どのような言葉や行動を選ぶかという、その人らしさなのかもしれません。

井岡 由実(Rin)