花まる教室長コラム『言葉のタンス』石橋修平 2020年6月

『言葉のタンス』

「これ、神社のにおいがする!」
一人の男の子が叫びました。年長クラスで初めて 『パターンメーカー』 という木製の教具を扱ったときのことです。子どもたちは喜々としてカバンから新品のパターンメーカーを取り出しました。良質な木材でできているため、鼻を近づけて匂いを嗅ぐと独特のいい香りがします。せっかくなので私は子どもたちにもそう伝えました。そして聞こえたのが例の 「神社のにおい」という台詞です。上手いことを言ったなぁと、感心しました。たしかに神社の建物は古い木材でできているし、境内には立派な木が立ち並んでいます。彼がこの表現に至るには、
①神社に行った経験がある
②その匂いを記憶している
③パターンメーカーの匂いとリンクさせる
という3 つのステップが必要です。つまり神社に行った経験のない子にはそもそも浮かびようのない表現です。
 
 話は変わり、数年前のこと。4 年生の男の子が、水族館で初めてイルカに触れた際の感想を作文にこう綴っていました。
『イルカの背中はナスのような手触りでした。 』
これもまた見事な比喩表現です。ツヤツヤしていて程々に硬さと弾力があり、キュッキュッとした滑らかな手触りはナスもイルカもそっくりです。私もその両方に触ったことがあるのでわかります。これも、彼がナスの手触りを覚えていて、イルカを触った瞬間にその記憶とつながったからこその表現です。 (余談ですが、イルカの皮膚は2 時間に一度のペースで生まれ変わっているそうです。驚きの新陳代謝ですね。)
 
 このように、 子どもたちは五感を使って、 日々多くの刺激をキャッチしています。 例えるなら、新しい洋服をタンスの中へ次々と放り込んでいくようなイメージでしょうか。そして言葉として発する際は、そのタンスの引き出しから洋服を探して選ぶのです。洋服が多いほど、より最適な表現や言葉を選べるようになるはず。しかしタンスの中が洋服でパンパンだからといって、その人が必ずしもオシャレだとは限りません。それを着こなすセンスがあってこそ。つまり語彙力とワードセンスはイコールではないのです。イルカの手触りをナスと表現した彼も、語彙はまだ大人より少なくても、私にはないワードセンスを持っていました。
「そうきたか!やられた!」
という妙な納得感と敗北感は、数年経った今でも鮮明に覚えています。
 
 タンスの中身(語彙や感覚)を充実させるためには、とにかく多くの物事を経験して感じること。そしてその中からピッタリの洋服を選ぶ(言葉の選択)ために大切なのは、相手に話したり書いたりという“発信”の機会を多く持つことだと思います。教室にやってきた子が、
「日曜日にバーベキューへ行ったよ!」
「ドラえもんの映画をみたー!」
「公園でカマキリ捕まえた!」
などと興奮気味に報告してくれることがよくあります。顔を合わせるのは週一度なので聞いてほしい話があれこれ溜まっているのでしょう。こういった際は「どうだった?」 「どんな気持ちだった?」 「味は?」 「匂いはした?」など、その子から表現を引き出すようにしています。そして小学生の子たちは、毎週のように書いている『自由作文』と、マンガのオチを自由に考えて魅力的に発表する『たこマン』といった教材も、彼らの言語化力を伸ばす機会になっています。年中、年長クラスでも特に思考実験の時間では、出来上がった作品に対して「〇〇みたいになった!」と子どもたちならではの比喩表現で溢れています。
 
 心や五感を研ぎ澄まし感動を言葉にする経験は、 自然環境の中で豊富に積むことができます。例えば川遊びでは、そのせせらぎや、掴んだ魚の感触、苔が生えた岩を歩く際のぬめり、見上げた空には入道雲と肌を刺すような日差し、ときにはバケツをひっくり返したような大粒の雨も…。
 
 今年度のサマースクールは残念ながら中止となってしまいましたが、それに負けないくらい数々の経験を子どもたちには積んでほしいと願っています。
 
 
花まる学習会 石橋 修平