花まる教室長コラム 『でも、だって、それはさ!』岡本祐樹

『でも、だって、それはさ!』2022年5月

 部屋の外に放り投げられたカバン。怒りに満ちた足取りで部屋の奥から出てきた3年生Aくん。そのAくんのカバンを放り投げた1年生Bくんを突き飛ばし、カバンを拾い、また部屋の奥に座り込む。突き飛ばされたBくんは涙を流している。

 サマースクール最終日、3日目の朝の出来事です。帰り支度をしながら、掃除をするために一度荷物を部屋の外に出しているときのことでした。
 うっかり話を聞いていない、周りを見ていないことが多いAくん。いま掃除をしていることに気がついていないようでした。いろいろしっかり取り組みたいBくんは、初めてのサマースクールをめいっぱいがんばっていました。これまでの2日間、Bくんは思うような行動をしてくれないAくんに腹を立てていたようです。
「カバンを出すんだよ!」
といらだちながら言うBくんに、何のことだか…と無視をするAくん。言っても聞かないと思ったBくんは、カバンを奪い取り、部屋の外に放り投げたのでした。

 ケンカはしていい、けれど仲直りもしよう。サマースクールのお約束です。ただ、形式だけの仲直りでは意味がありません。掃除は他の子に任せ、AくんとBくんに話し合ってもらうことにしました。

 俺は悪くない、と言わんばかりに憮然とした表情のAくん。涙が止まらないBくん。話し合いは始まりすらしません。話し合いは二人のものですが、
「どうしてBくんは泣いているの?」
と水を向けてみました。
「だってAが押したから…」
この一言を皮切りに言い合いが始まりました。
「人のカバンを投げるからでしょ」
「でも外に出してって言ったのに出さなかったじゃん!」
「だからって人のカバンを投げて良いわけ?」
「でも突き飛ばすことないじゃん!」
「カバンを投げなければそんなことしないし」
「なんでカバンを出してくれなかったの⁉」
「そんなの知らなかったし」
「だいたいいつも話聞いてないじゃん!」
「話を聞いていたかどうかは、いまは関係ないでしょ!カバンを投げるのが悪い!」

 止まらない水掛け論に、さすがに待ったをかけました。
「2日間同じ班で仲間として過ごしてきて、いやだなっていう気持ちもあったかもしれないけれど、楽しい時間だってあったよね。いまケンカしているけれど、このままいやな気持ちでいたいのか、できれば楽しく一緒にやっていきたいのか、どっちかな?」
楽しく過ごしたい、というのは二人とも同じ思いでした。
「二人とも、何がいやだったのかな?」
「ドンって押されたのがいやだった」
「だってそれはさ!」
すぐに言い返そうとするAくん。
「Aくんは、何がいやだったの?」
「カバンを投げられたから」
「それは話を聞かないからじゃん!」
きみが悪いと言い返すBくん。

「二人ともいやな思いをしたんだよね。それって、ウソなのかな?」
ウソじゃない、と首を振る二人。
「そうだよね、ウソじゃない。なのにそのいやな気持ちを伝えたら、相手に『でもそれはさ!』って言い返されると、ムカッとくるよね」
二人はお互いの気持ちにケチをつけ合っていました。でも自分の気持ちにウソはないように、相手の気持ちもウソではない。相手の気持ちは事実として受け止めてほしい、そう伝えました。
「相手がいやな思いをした。いやな思いをさせたのは自分。その事実は変わらないよ。どうする?」
「カバンを投げちゃってごめん」
「いいよ。押してごめん」

 ケンカをする機会が減っているのだろうと私は感じています。「ケンカはダメ、相手を傷つけてはいけない、だから本当の気持ちは言わないようにしよう」といった心の壁に囲まれているようです。
 だからいざケンカが起こると、感情のぶつかり合いに慣れていないから、相手の想いを受け止めきれない。「こんな思いをするならめったなことは言わないようにしよう」と思ってしまえば、壁はさらに分厚くなってしまいます。それで将来苦しい思いをするのは、自分です。

「いやな思いをさせてしまったら謝れるっていいね。さて、いまは何をする?」
 スクッと立ち上がって、カバンを外に置きに行き、掃除を始める二人。ものの3分後、Aくんが懐中電灯で床を照らして「ここにほこりがあるぞ!」と言えば、Bくんがほうきで一生懸命掃く姿がありました。

花まる学習会 岡本祐樹