『どうしたら強くなれますか?』2025年5月
桜のつぼみが膨らむ頃、2年前まで担当していた生徒のお母さまからメールが届きました。
六年生の息子はついに花まるを卒業です。低学年の頃から何度かいじめに遭いましたが、あのときの先生の“あの言葉”がTと私を強くしました。
年長~四年生の5年間担当したTさんは、心優しい長男。そんな彼が何度かいじめに遭いました。
最初は二年生のとき。ある日の授業後、帰らずにもじもじしているTさんの姿が目に入りました。「ほら、自分で言いなさい!」と母親に背中を押された彼の口から「鬼ごっこをするとき、自分だけが集中狙いされる……」という言葉が。学校で友達と楽しく遊べない、そんな孤独感を打ち明けた勇気ある彼に“あの言葉”を言いました。
「実力で勝てばいい」
「鬼にされるなら、走るのを速くして全員捕まえてやれ!」と続け、教室近くの公園へ彼を連れていき、一緒に走る練習をしました。誰もいないシーンとした公園に街灯がともる頃、「ハー、ハー」と肩で息をする音が響きます。切り上げようとしたとき、「もう一回お願いします!」と必死な表情で、でもどこか楽しそうな顔をして訴えてきました。「まだ大丈夫ですか?」とお母さまに視線を送ると、嬉しそうに頷かれました。このときの彼とお母さまの顔が脳裏に焼きついています。
毎週授業後に練習するようになってから2か月が経った頃、「先生! 今日鬼にされなくなった! 速く走れるようになったから捕まらなくなった!」と教室に着くなり誇らしげに言いにきました。
それから2年後。ご両親から「集団下校の際に複数人から叩かれたりいやなことを言われたりすることが続いているんです……」と相談がありました。また、このときは明確に本人が自分の意思で私のところへ言葉を届けにきました。
「先生、どうしたら強くなれますか?」
日曜日に教室へ連れてきてもらいました。「本当は言い返したいけれど……」と伏し目がちのTさん。
「なんて言い返したい?」
「う~ん……、『なめんじゃねーぞ!』って」
「じゃあ、試しに先生に向かって言ってごらんよ」
すると、にやけ顔から何とも気の抜けた「なめんじゃね~ぞ……」が。そこで、まず鏡を見て睨み顔をつくるところからスタート。それができたら、その顔で「なめんじゃねーぞ!」と。何度も何度も繰り返し、一時間後、随分と様になっていました。ただ、その週は「なかなかできない……」と踏み出せずにいました。
この状況を最後に変えたのは、お父さまの言葉でした。朝、下を向いて出ていく彼に向けて「T、お父さんはいつでもTの味方だからな!」と言ったそうです。Tさんはそれを聞いて学校へ。「一人じゃないんだ」そう思えた彼はついに殻を破りました。その週の授業後、「先生!」と嬉しそうに駆け寄ってきます。「先生!『なめんじゃねーぞ!』って言い返せた! そしたら、相手が最後は『ごめん……今度ゲーム貸してあげるから一緒に遊ぼう』ってすり寄ってきた!」
さて、冒頭のメールの最後にこうありました。
花まるの最後の授業で後輩たちにスピーチをしたのですが、Tが「僕が花まるで得たことは生きる力です」と言っていました。本当に感謝しております。
「どうしたら強くなれますか?」
言葉だけで答えるならば、愛情と実力、それを拠りどころとできる状態になること。そうなれたことが「得たことは生きる力」という言葉になったと思っています。
花まる学習会 榊原悠司