花まる教室長コラム 『やさしさの伝播』村田寛典

『やさしさの伝播』2025年9月

 「最後! 最後ですがらぁ!! おがあざんとさよならさせでぐだざい!!」
サマースクール出発の日、集合場所でAさんが泣きながらお願いしてきました。おうちの人と離れるのが不安で、泣き出してしまったAさん。それを見たお母さんは
「Aなら大丈夫。Aのこと、信じているからね!」
と足早に去っていきました。お母さんを追いかけようとするAさんを抱きかかえてバスに乗り込み、サマースクールがスタートしました。
 バスのなかで宿長が子どもたちに質問しました。
「サマースクールに来るの、はじめての人!」
Aさんは手を挙げません。鼻水をすすりながら、
「ぼく……3回目なんです……」
と教えてくれました。Aさんは3年生。毎年サマースクールに参加しているのでした。宿長がサマースクールでのルールや宿での過ごし方を説明すると、
「お話を1回で聞くと遊ぶ時間が増えます……。新潟はごはんがとてもおいしいのです……」
少しずつ笑顔が増え、班の友達と話しはじめました。
 
 一日目は川遊び。友達と話しながら笑顔で水着に着替えていたAさんの顔が曇ります。
「ぼく、寂しくなってきました……。おがあざーん‼」
Aさんが泣きはじめました。すると6年生のBさんが
「いっぱい泣きな。すっきりするから。俺たちがついているから大丈夫。俺も昔は寂しくて泣いていたよ」
Aさんの頭をなでながら話します。班のメンバーも
「Aは魚をさばいたことがあるんでしょ? 教えてよ!」
とAさんを慰めるのでした。
 班のメンバーとの結束が深まり、Aさんはその後、泣くことがなくなりました! ……ということはなく、ごはんの時間や寝る時間になると寂しくなって涙が出てしまうAさん。
「泣いてもなにも解決しないっていうことはわかっているのです。でも寂しくて涙がでちゃうのです」
Bさんに手を握られながらAさんは眠りにつくのでした。
 三日目の夜、あとは歯磨きをして寝るだけ。
「明日ついにお母さんに会えるのですね! おが……」とAさんが感情を爆発させようとしたその瞬間、
「ママにあいだぃーーー!」
1年生のCさんが泣きはじめました。
「ママがいい! ママはどこー!! かえりたい!!」
泣きじゃくるCさんにびっくりして涙が引っ込んだAさん。歯磨きを終えると、Cさんをきょろきょろと見ながら部屋に戻っていきました。
 泣いているCさんを慰めていると、Aさんが歯ブラシをもったまま戻ってきました。もじもじしているAさんに「どうしたの?」と聞くと、
「本当はもう寝る時間なんです。それはわかっているのです。でも、ぼく、ここにいていいですか? ぼく、Cさんと一緒にいたいんです」
なにかを決心したようにAさんが話しました。Aさんの目にはさっきまで浮かんでいた涙はありません。
「泣きたかったら泣いていいんだよ。いっぱい泣きな。ぼくがついているから。ぼくもずっと泣いていたからCさんの気持ちがわかります」
Cさんの頭をなでながらAさんが話しました。
「Cさんははじめてのお泊りだったもんね。おにごっこで最後まで残っていたよね。どうしてそんなに足が速いのか教えて? そうだ! 今日は一緒に寝ましょう!」
Cさんと手をつないで部屋に戻るAさん。Aさんのことを待っていたBさんに
「ぼくはもう大丈夫です! ありがとうございました!」
そう伝えて、Cさんの手を握り、彼が落ち着いて眠りにつくまで励まし続けたのでした。
 最終日、解散場所でやっとお母さんに会えたAさん。
「お母さん! ぼく、お世話になったBさんと写真が撮りたいです!」
開口一番、お母さんにお願いをします。それを見ていたCさんが「ぼくもお世話になったAさんと写真が撮りたい!」と言い出しました。
「みんな、お兄さんになったじゃないの!」
どこか嬉しそうなお母さんたち。3人で写真を撮ることができ、満足そうな顔を浮かべたAさんなのでした。

花まる学習会 村田寛典