花まる教室長コラム 『いいじゃない、人間らしくて』高橋大輔

『いいじゃない、人間らしくて』2025年10月

 今月の「サボテン」(小学生コースの計算教材)は、通過儀礼について考える機会になりました。4年生の単元は「四則計算・( )を使った計算」です。パッと答えを出せる問題である一方、答えを写したとしても違和感なく見えてしまう問題です。
 4年生男子のSさんは、サボテンの宿題忘れで居残りが決定。最初は黙々と取り組んでいたのですが、気づけば答えを写していました。ふと、私も同じような時期があったな……と思い出しました。 

 同じく小学4年生の頃、カンニング癖がついてしまったのです。私が意識していたのは「母」です。学習の難易度が上がり、テストの点数が振るわなくなりました。そして、70点「以下」のテストが「がんばれBOX」という名の「しっかりやりなさい」というプレッシャーを感じさせる箱にどんどん溜まる日々。3年生までは何でも「がんばったね」と受け止めてくれたのに……。その結果、私が選んだのがカンニングでした。当時の担任だった星先生は、そのことに気づいていて、母親との二者面談で踏み込んで話をしてくれました。そこで背景が明確になり、BOXが撤去されたところ、驚くほど心が軽くなりました。母に認められたい、ただただその一心でしたが、想いの方向性がちょっとずれてしまったのです。
 そう、私もしっかり脱線しています。ただし、これは、通過儀礼。いまならそう断言できます。自分の意志で方向性を正せることもあれば、きっかけが必要なこともあります。もしその分岐に立ち会えたなら、灯台のように進むべき道を照らす存在でありたい。過去の自分が星先生にしてもらったように。

 話はSさんに戻ります。一対一で話をします。事実は覆らないのですから、まずは答えを写したことを「認める」というスタートラインに立つところから。このようなケースに何度も立ち会ってきましたが、私の答えはひとつ。待つのみです。無音の時間が流れたあと、心のエネルギーを振り絞って、静かに首を縦に振りました。そして、答えを写した理由も教えてくれました。面倒くさい、サッと終わらせたい、早く帰りたい。こうして心に蓋をすることなく、率直に想いを吐露できれば大丈夫です。
 その次に訪れるのが、自己決定の場です。すべてやり直すことを自分で決めました。大粒の涙を流しながら。
 ここで「ごまかしちゃいけない、ズルをしちゃいけない」、そんな真っ当なことを伝えるつもりはありません。それは自分自身が一番よくわかっているはず。だからこそ「いいじゃない、人間らしくて」「ここからじゃない、がんばりどころは」こんなメッセージを届けました。

「サボテンは、人生の縮図」
ふと、そんな言葉が頭に浮かびました。
 
日付を書く。今日という日をしっかりと人生の中に刻むこと。
タイムを計る。その日の自分がベストを尽くしたかどうかを自問できること。
丸つけをする。毎日、新しい失敗に出会えること。
明日も明後日も継続して取り組む。失敗を成長で上書きできること。
ごまかしたくなる、逃げたくなる。人間らしさを自覚し、そんな自分を愛するきっかけを手に入れること。
 
 さて、涙の居残りの翌週。「どう?」と聞いてみると、ニコッと笑いながら「大丈夫」と言葉が返ってきました。「前と違う?」「スッキリしてる」そんなやりとりが続きます。実は、居残り翌日、お母さんからこんなことを聞いていました。
「涙を流しながら『何も言いたくない』と言われ、教えてくれませんでした。『パパにも言わないで!』とのことだったので『パパとママが教えなくても本当に大丈夫なの?』と聞くと『大丈夫!』と返ってきました。Sの様子から、私自身はあまり心配しておりませんでした」
 4年生から高学年コースになり、4月の頃は「本当についていけるか」と心配されていたご家庭。そこから約8か月、着実に心が成長しています。Sさんの言葉の通り「大丈夫」です。
 うまくいかないことのほうが圧倒的に多いのが世の常です。そのなかで「できない、わからない」を肯定していくには強い意志の力が必要です。それはまず私たち大人側に。「できるあなた」だから大切にされているんじゃないよ。ごまかすあなたも、逃げたくなるあなたも、ぜんぶ大切。そんなメッセージを伝え続けます。

花まる学習会 高橋大輔