『姿かたちは変わっても』2026年3月
低学年コースの教材「さくら」で『去年の木』という物語を扱いました。簡単なあらすじをご紹介します。いつも仲良しな小鳥と木。冬を越すために小鳥は南へ旅立つ時期になり、来年また一緒に会う約束をして離れます。しかし、小鳥が帰ってくると木は切り倒されてなくなっていました。木を必死に探した結果、木はマッチに加工され、ランプを灯す火となって燃えていました。小鳥は火に向かって歌を唄います。そこには、嬉しそうに揺らめく火の姿がありました。その後、小鳥はどこかへ飛んでいってしまいました……
物語に関するクイズを出したあと、子どもたちに問いかけました。
「木は生きているのか、死んでいるのか」
これに対して、子どもたちからはさまざまな意見があがってきました。
「木は切り倒された時点で死んでしまっている」
「火が嬉しそうに揺れたのは、心が生きている証」
ほかにもさまざまな視点で木の生死についての意見が飛び交いました。それと同時に私は、マッチとなった木と小鳥の再会は幸せなものだったのか。そんなことも考えていました。
話は変わって先日、病院へお見舞いに行きました。そこには祖母が入院しており、数年ぶりに会いに行ったのです。
祖母は5年前に脳梗塞で突然倒れ、幸い一命をとりとめたものの、右半身が完全に麻痺してしまいました。いまはもう、声を出せず寝返りも打てません。食事もとれないので点滴で栄養を補給して生きている状態です。
搬送された当時、祖母の様子を母がテレビ電話で見せてくれました。そこに映った祖母の姿は、以前の面影がわからないほど瘦せ細っていました。呼吸器をつけられ、声もほとんど出せず、唸ることしかできません。術後で認知症も進んでいるようで、画面越しの私が孫であると気づいていない様子でした。自身の記憶に残っている、元気で笑顔の絶えない祖母とはまったく異なる姿にショックを受けつつも、意地でも涙は見せないようにと必死で笑顔を作っていたのを覚えています。
あれから数年、コロナ禍が落ち着いてお見舞いに行けるようになったあとも、仕事の忙しさを理由に直接会いに行くことはありませんでした。しかし、本当は変わり果てた祖母と向き合う勇気が出なかっただけなのです。
いつまでも逃げるわけにはいかないと決心し、祖母と直接会う時間をつくりました。面会時間は15分。会って何を伝えるべきか、そもそも私のことはわからないのではないか。そんな考えが頭をめぐるうちに病室へ到着。「いまさら気づいてもらえなくたって仕方ない」と覚悟を決めてカーテンを開け、祖母と対面しました。
良くも悪くもテレビ電話で見たときと変わらない祖母の姿がそこにありました。体はまったく動かず、右半身は特に痩せ細っています。そして、わずかに開いた目がこちらを見ています。おそるおそる祖母の耳元に近寄り、自分の名前を伝えたところ、祖母に小さな反応がありました。時間をかけて懸命に、話そうとしています。声は出せませんが、その口の動きは明らかに私の名前を呼んでいました。そして、かろうじて動く左目から涙が一粒流れ落ちました。言葉は交わせずとも、祖母が私のことをわかってくれたと感じられた瞬間でした。
私との再会に精一杯の喜びを見せる祖母を見て、なぜもっと早く来なかったのかと自分を責めました。体が動かなくても、姿が変わっても、祖母の心は変わらずここにあったのです。これまで避け続けたことへの後悔と、昔と変わらず心が通い合った嬉しさとで、あのとき流せなかったぶんの涙がこぼれました。 互いに涙し、互いに笑いながら時間を過ごし、これまで会いに来られなかったことを謝るとともに、近いうちにまた来ることを約束して、病室をあとにしました。
『去年の木』を初めて読んだとき、私は小鳥にとっては悲しい終わりを迎えた物語だと感じました。しかし、いまは幸せと救いのある物語だったのではないかと思っています。楽しかったあの頃にはもう戻れないけれど、再会を果たし、心を通わせられたことは、間違いなく幸せな瞬間だったはず。祖母とのひとときを経て、そう思わずにはいられませんでした。
花まる学習会 桂田拓弥
