松島コラム 『公平性と多様性』

『公平性と多様性』 2026年4月

 中学受験を考えるとき、多くのご家庭がまず目にするのが「偏差値」です。学校の位置づけを知るうえで便利な指標であり、ひとつの目安になることは間違いありません。
 一方で私たちは、「偏差値は子どもの力のすべてを測っているわけではない」という前提を冷静に受け止めておく必要があります。
 『学力神話の解体 ガラパゴス化する中学受験・大学受験での「実力」の育て方』(加藤文元・竹内薫著 角川書店)でも指摘されているように、試験とは「公平に採点できること」を前提に設計されているものであり、裏を返せば、公平に測れるものだけが評価の対象になります。たとえば、じっくり考え抜く力、問いを立てる力、他者と協働する力、自分なりの価値観を築く力などは現代社会において欠かせないものでありながら、限られた時間の筆記試験では測りにくいものです。偏差値とは「ある一部分の力を比較可能な形にしたもの」と言えるのです。
 同書の中学受験に対する立ち位置には一面的に感じられる部分もありますが、次のような示唆はその通りだと感じています。以下は要約です。

日本の入学試験は、「選抜の過程や手続きの公平性」を厳格に守ろうとするがゆえに、限られた領域での競争になりやすい。結果として、多様な力が評価されにくくなる。海外では、基礎学力を前提としながら、個人の強みを多面的に見る選抜の仕組みがある。

 翻って考えると、評価の物差しが多様になれば、「公平性」の捉え方そのものも変わっていくということなのです。
 では私たちは、中学受験をどのように捉えればよいのでしょうか。
 大切なのは、受験の仕組みとその特徴を理解したうえで、他者との比較ではなくわが子と向き合うことだと思います。ペーパーテストで力を発揮できる子どもは、それ自体がひとつの強みです。その力を磨き、より高い目標に挑戦していくことは十分に意義のあることです。一方で、それだけがすべてではないという視点を持っておくことが、これからの受験においては欠かせません。
 この視点に立つと、学校選びの軸も変わってきます。単に偏差値だけでなく、「わが子の強みを次のステージで伸ばしてくれる学校かどうか」という観点です。
 ある子はコツコツ積み上げる力に優れている
 ある子は独自の発想で物事を捉える力を持っている。
 ある子は人と関わるなかで力を発揮する。
 これらの力は入試では評価されにくいものの、その先で大きく花開く可能性を持っています。だからこそ、学校の教育方針や授業のスタイル、生徒の雰囲気、学校生活といった要素に目を向け、「この環境ならこの子の良さが活きる」と思える場所を選ぶことが求められます。簡単なことではありませんが、学校選びには納得がいくまで時間をかけていただきたいと思います。
 さらに同書のなかで加藤氏は、「普遍的な『頭のよさ』は存在しない」と述べています。
 海外では「頭がいい(ブライト、スマートとか)」という言い方の代わりに「強い(ストロング)」という言葉が使われることがあります。強さはひとつではなく、人はそれぞれ異なる分野で異なる強みを持っているのです。そして自分自身の強みを自覚できたとき、簡単には揺らがなくなる。特に子どもにとって支えになるのは、そうした強みを信じてくれる親のまなざしではないでしょうか。
 大学入試も徐々に変わりつつあります。一般入試の比率は縮小し、総合型選抜や学校推薦型選抜といった多面的な評価を重視する入試が増えています。これは「一度の試験で測れる力だけでは不十分だ」という社会からのメッセージとも言えるでしょう。知識の量や処理の速さだけでなく、探究する力、表現する力、主体的に学ぶ姿勢といった力をどう育てるか。そうした点が、これからの学校の価値を左右していくのかもしれません。
 そう考えると、中学受験や高校受験は、偏差値というひとつの指標のなかに身を置きながらも、その先にある「より広い学び」へとつながる入口でもあります。このあたりの中高時代の成長の様子は、先日攻玉社中高の卒業式で卒業生にインタビューをしてきましたので、ぜひ「幸せな受験ラジオ」でお聴きください。
 偏差値という「地図の一部」をどう読み、どこへ向かうのかを決めるのは、私たち自身です。受験という経験が、子どもにとって「自分の強みを知る時間」となり、その先の成長へとつながっていく。そうした受験のあり方をご家庭でも考えていただければと思います。そして私たちも、ご家庭とその一歩を考え続ける存在でありたいと思っています。

スクールFC代表 松島伸浩