高濱コラム 『子育ての次』

『子育ての次』2026年5月

 講演会の感想文は何よりも大事にしているのですが、2月、医療のお仕事をしておられるお母さまの一文が心に残りました。それは、長年看取りの場面に立ちあっているが、老若男女問わず最期には「お母さん」と言って亡くなる方ばかりだ、というものです。
 5年前に亡くなった父のことを思い出しました。私には大きな父親として見えていたのですが、いよいよ終活となったときに「(100㎞ほど離れた)実家の墓に入れてくれ」と言う。私には言わなかったけれど、本家の長男には「母のもとに戻りたい」と言ったのだそうです。90歳を過ぎてのマザコンぶり。4人兄弟の末っ子で、その頃はシングルマザーになっていた祖母に溺愛されて育てられたと伯父たちから聞いていましたが、結局一生「世界で一番大切な人はお母さん」だったのだなと想像したものです。

 さて、2月にブータンを訪問しました。農学部の後輩でもある京都の妙心寺の松山大耕さんに誘われたのですが、魅力的な方々とのツアーで感動と学び多き経験になりました。敬虔なる仏教国でもあり、たくさんの寺院をめぐりました。町で道に迷うと、お店の女性が自分の業務を置いて出てきてキラキラした笑顔で案内してくれるなど、さすが「幸せの国」と言われるだけの、一人ひとりの心の穏やかさと優しさを感じました。まさにそのブータン人の人柄の素晴らしさに心奪われ長期滞在している東大のF先生から聞いたところ、腕にとまった蚊も本当にみんな殺さない(無駄な殺生をしない)そうです。
 たまたま滞在3日目が国王の誕生日に当たっていて国の休日でもあったのですが、「招待されている」ということで、王様手配のチャーター便での移動になりました。とはいえ一般の市民に交じって遠くから祝うのかなと思っていたら、20名くらいでの懇談だったため緊張しました。しかもいきなり英語のスピーチがはじまり、私の近くにいた某社長さん、お医者さんとの「どうしよう、一周しはじめましたよ」という寸前のはしゃいだ会話から一転、三人とも真顔で遠くを見る目でスピーチ原稿を頭で創作し、反復する状態になりました。それをなんとかこなしたあとは、国家プロジェクトとして建造中のGMC(Gelephu Mindfulness City)を、なんと王様自身の案内で見学してまわりました。道路の真ん中を歩く王様に、道々の市民は家から出てきて手のひらをこちらに向けて深々と頭を下げる独特のお辞儀をするのですが、深い信頼と尊敬を感じる行動で、それを王側に立って見られたことは、絵本のなかに迷いこんだような経験でした。

 また、日本人でありながらケンブリッジ式の私立の学校をブータンに設立した片山さんという女性がいて、その教育方針は国家の教育方針にも大きな影響を与えているのですが、その学校を訪問できました。すると片山校長は、付箋がたくさんついた私の著書を持って登場されたのでした。こんなに遠く離れた国で読まれていることには驚きましたし、感慨深かったです。
 帰国後にその片山校長から「あのとき王様が引用された言葉を出典とともにみなさんに共有します」というメールが送られてきました。とても示唆深いものだったので紹介します。

Hard times create strong men.
Strong men create good times.
Good times create weak men.
And, weak men create hard times.

(G.Michael Hopf『Those Who Remain』)

 なるほど、どんな国でも組織でも、これを繰り返すものなのかもしれません。さしずめ日本の状況は、自分で決められず権利ばかり主張し他人のせいにする大人があふれているわけで、3行目から4行目にさしかかったところだなとも感じました。その潮流をいち早く察知して「どんな時代になっても自分でメシが食える魅力的でたくましい人を育てねば」と花まるを設立して33年。卒業生たちは自立しているし、そうでなくとも頑張っている人も大勢知っていますが、国全体を眺めると事態はweak menを量産しつづけている状態でしょう。
 要所は何か。「優しく真面目に」や「心豊かに」だけではなく「わが子の心を強くする」ことを明確な教育方針として位置づけることでしょう。それには過保護・過干渉が最大の毒なのですが、親としてできるのは、わが子に「試練よ来たれ」くらいの覚悟を持ち、喧嘩や失敗や挫折などに直面しても事件化するのではなく、何があっても味方だよという深い愛情で支えることだし、「心を鍛える経験(部活・入試・恋愛・アルバイト等々)に背中を押す」ことでしょう。
 しかし、理屈では理解してもやはり過干渉気味になる保護者は多いものです。Voicyで「子育て相談、教育相談」をしつづけているのですが、中学生(思春期)の息子が反抗してくる、「親としてどういう声かけをすればよいか」というような相談はあとを絶ちません。前後を読むととても優秀なお母さまなのに、いざ息子のこととなると異次元世界に迷いこむように非論理的で、口出し手出しの時期は終わっていると理解していながら、干渉をやめられない。この点については長年講演会でも言っていますが、二人の親だけで解決しようとする(そして往々にして母一人でのワンオペ対策に陥りがち)と難しくて、「どう外の世界とつながれるか、何人の外の大人に任せられるか」が勝負だと思っています。単純な事例としては、山村留学や全寮制の学校や海外留学に出したとたんに解決することもあります。
 そして、冒頭で述べたように、子どもの心に残る「母こそ最高の存在」は一生変わらないことに自信を持って、下の子が思春期(小5くらいから)に入ったら、親は親として次の30~40年の人生に向かって、仕事なり学びなりボランティアなりお稽古事なり「次の目標」を決定して、まい進してそちらで輝いてくれるほうが、子ども側としても嬉しいし健やかな10代を送れます。
 ちょうどこの2〜3年、花まる学習会でも、子育てを終えた「元会員保護者」のお母さまが講師や社員としてかかわってくださることが増えました。外から見た良さをわかってくださっているからこそ、自信を持って指導してくださり、保護者からの信頼も厚いなと感じているところです。
 人生100年時代。「子育て」という大変でもあるけれど心を鷲掴みにする素敵な時期の価値は変わらないですが、「子育ての次(詳細にはわが子が思春期に入ってのち)の人生をどう生きるか」が母たちに問われているように感じます。
   
花まる学習会代表 高濱正伸