『覚えることは、ほんとうは楽しい――暗記の力』2026年5月
幼い頃、学校から帰ると母がいない日がありました。けれど、台所のテーブルの上にはいつも一冊の方眼ノートが置かれていました。私はそれを楽しみにしていて、帰宅すると手も洗わず、まずノートを開きます。そこには母の手書きのクイズ。ふりがなの部分を漢字に直していくと、文章が完成する仕組みです。「わかった、簡単!」と思える日もあれば、「辞書を引けばできそう」と少し背伸びする日もある。その絶妙な難易度が楽しく、ものの2、3分で終えられるものでした。そこに手紙のようなメモがあったかどうか、もう記憶は曖昧です。でもきっとわざわざ私のためだけに、このクイズを作ってくれたんだなあということが嬉しくて、まるで母からの手紙かのように、私はそれを毎日の楽しみにしていたのだと思います。
サマースクールで「魚の名前覚え検定」をおこなったことがあります。海の危険生物や、実際に南の海で出会う魚たち。数十種類を、わずか二日ほどで覚えてしまう子も少なくありません。
これは、単なる暗記ではありません。似た形の魚に出会ったとき、「これはあの仲間かもしれない」と考え類推する力が育っていきます。有機的な知識が、次の思考を生む材料になっているのです。
学びには基本的な順序があります。「知識(暗記)→ 理解 → 応用」です。思考は、何もないところからは生まれません。材料となる知識があってはじめて、考えることができます。
では、その知識はどう身につくのか。答えはシンプルで、「覚えようとして覚える」ことです。そしてそのコツは、短期間にある程度の量に触れること。1日に漢字ひとつずつ、というのではなく、少し欲張って「覚えよう」とする努力が「記憶力」をつけていきます。短期間で覚えたものは短期間で忘れます。だからこそ繰り返す。この往復が、記憶力を育てていきます。
ただし、もっと大切なことがあります。それは、「出会い方」です。新しい知識に触れるとき、「おもしろい」「ワクワクする」「できたら嬉しい」と感じられるかどうか。「宿題って大変だよね」というような、“いやなこと”にしない。ここでつまずくと、学びは一気に“やらされるもの”に変わってしまいます。幼児は本来、「知りたい」「学びたい」「自分にもできる!」という好奇心や意欲であふれているのです。
気に入った絵本を何度も繰り返し読むうちに、文章を丸ごと覚えてしまうことがありますよね。一文字ずつの【拾い読み】ではなく、言葉や文のまとまりとしてことばを記憶していく、幼児にとってよい機会です。
花まるの授業でも、音声言語が優位な幼児期のうちに、四字熟語やことわざ、俳句を声に出して暗誦します。子どもたちは「みんなで一緒に発声すること」が大好きです。美しい日本語のリズムや響きを身体で感じる、教養としての素読。ここでも自然と記憶の力が育っていきます。
あのときの台所。夕方の光が差し込むテーブルの上に、方眼ノートが一冊。ランドセルも下ろさずにページを開き、鉛筆を持つ。今日の漢字に向かう、ほんの数分の時間。静かな部屋に、紙をめくる音と、鉛筆の音だけが響く。――覚えることは、あのとき、たしかに楽しかったのです。
井岡 由実(Rin)
