高濱コラム 2006年 2月号

新年最初の講演会で、ある町に出かけたら、聞きにきていたお母さんから、紙袋を渡されました。それは、小3の息子S君から私への贈り物でした。中身はメロンパン。お母さんと一緒に手作りしたものです。

話は、昨年のサマースクールにさかのぼります。初日の夜に高熱を出してしまったS君と担当リーダーの二人を乗せて、車で病院まで連れて行ったのでした。そういう場合、できるだけ元気が出るような話に持っていくのですが、担当リーダーは日ごろ教室で接している教室長でもあったので、「S君の作ってくれるメロンパンおいしいんだよねえ」と話題を出してくれたのでした。私もすぐに反応して、「ええっ、いいなあ。食べたかったなあ。今度作ったら一つでいいから分けてほしいな」と言うと、「いいよ」との返事。

目的は、彼の得意な気持ちに火をつけて、病気に負けない元気モードにすることですから、私はそれっきり忘れていたのです。ところが、彼は半年もの間「高濱先生にあげなきゃ」と覚え続けていてくれたのでした。パンはとってもおいしいものでしたが、何よりも、小さな胸にずっと約束を抱き続けてくれた彼の気持ちが、ありがたくて嬉しくて、心が暖かくなりました。2006年の忘れられないお年玉です。

さて話は変わって、一年前のできごとです。東大で「塾から見た学校」という題で、シンポジウムの基調講演をしたときに、終了後に近寄ってきた男性がいて、これが日比谷高校の先生でした。都立高校の教師陣で授業力アップの自主的な研究会をやっている。ついては、塾の先生の立場から、各先生の授業に意見を言ってくれないか、という用件でした。なかなか無い経験ですから、喜んで引き受け、数日後に出かけてみました。

数名の先生が、1年生の授業を、交代で時間を区切って行うのですが、驚きました。何がと言って、予備校の授業もよく知っていますが、よほど面白くて内容も濃くて魅力的な授業ばかりだったのです。東京都は本気だな、と実感し、官がその気になったときの凄みを感じました。時代は着々と変化しています。

一方、「算数脳」を出版した影響も大きく、長野県のある村から、招かれました。それまで、学校の真横の川は危険で遊んでいけないとなっていたのを、大いに遊べに変更した。川の手前と向こうにはしごをつけて、川の向こうの野原や山までも全て使って遊べというように変えたとのことでした。そして、月に一度、全学年に授業をやって、数年かけて成果を上げてほしいと、教育長と校長の二人に口説かれました。

もともと、公立学校ではやりたいことができないからこその塾という選択であって、将来的には公教育に役立つモデルを提示して行きたいと願っていたので、夢のような話に、二つ返事で引き受けました。本当に実現するまでには、壁も現れるかもしれませんが、強い意欲で乗り越えて行きたいと思います。

と書いている今、某人物の逮捕のニュースが入りました。年末に、まず最初に哲学がなければならない、そこに利益があるからそれをやるというのでは、破綻必然だと書いたのですが、その典型事例なのかもしれません。何千億の株式時価総額があったって、一回に何千杯もメシを食えるわけでなし。私は、メロンパンに感動できる現場こそを大事にして、志高い人たちと協力して、精一杯信じる仕事をしていきたいと思います。

花まる学習会代表 高濱正伸