高濱コラム 2008年 10月号

今年の春、花まるグループの中に、「西郡(にしごおり)道場」という名の、学習道場ができました。その代表である西郡文啓は、熊本高校3年生のときのクラスメートです。20代前半、高田馬場で「創造」をキーワードにして愉快に遊んでいた頃の仲間のひとりでもあります。遊びきった感で飽和状態になった24歳のとき、思い立って二人で牛乳配達をしました。テレビもなし電話も(もちろん携帯など無い時代)なし、昔からの友だちとの連絡も断ち切って、都会の孤島の状態で禁欲的な一年を過ごしました。

牛乳配達というのは、だらしない自分たちに早起きを強いるための装置。午前中一杯は、とにかくお互い考え抜くことだけに徹しました。「生きるということはどういうことか」「何のために学ばねばならないのか」「何故仕事をしなければならないのか」「死とは何か」「芸術とは」「文明とは」「家族とは」などなど。そして、午後には、お互いが今朝考えたことをぶつけ合い、夕方になると運動のために長距離を走って、銭湯でひと風呂浴びたら、食事・早い就寝の毎日でした。一言で言えば哲学をしたくて、自分たちなりの身の丈で、精一杯やりつくしました。

もとが凡庸な二人ですから、特別なものなど出ませんでしたが、生きていく軸を手に入れた気がしました。「何を美しい(よい)と感じるかが大事である」「ゴミにせよ環境にせよ汚職にせよ、世の中の諸問題は、ほとんどすべてが芸術か教育の問題に行き着く」「創造的であると楽しい」「考え抜くことは楽しい」「飽きと疲労は、転機をもたらす」「基本をしっかり、がほとんどの人間活動の成功原理である」「目の前の人のために、誠意をつくす」・・・。そのときに考えたことが、いまだに自分の行動の中心にあります。

一生をかけるに足る仕事は、芸術か教育だと確信したのもそのときです。
私が花まるを始めてほぼ間もなく、彼が参画してくれたときには、俺たちがうまく行かないわけが無いという思いで一杯でした。もちろん、現実は甘くはなく、「青臭い考え」はすぐに打ちひしがれて、借金ばかりがふくらみ、当初のメンバーからの脱落があったりもしました。しかし、そんなときも苦しいとかやめたい と思ったことはなく、我々は「マイナスから成功するからこそ面白いんだよなあ」と、逆境をむしろ楽しんでいました。ここは肝心で、若者が多少の回り道をすることを許し見守ってくれた、大らかな家庭・郷土、旧制中学の流れを組む大らかな高校文化が、非常に影響していたと思います。

さて、そんな西郡が立ち上げた道場は、キャンセル待ちの大人気になっています。それは、「○○中学△名合格!」という広告が幅を利かす塾文化の中で看板選手になるような子以外の、つまり「大半の子ども」に当てはまる、最も重要な課題をまともに扱っているからです。パンフレットには「こんな不安をお持ちの方は、学習道場へ」とあって、次のような項目が並びます。「いやいや勉強をやっている」「親が言わなければ勉強しない」「やる気がない」「『分からない』とすぐにあきらめる」「人の話を聞いてない」「ノートの書き方が分からない」・・・。

実際、経験上こういうことこそが、大多数の親の悩みです。FCという受験部門に僥倖のような人材を得たからこそ独立できたのですが、もとより問題のある子にこそ深い愛情を注ぐという、真の教育者の面を持ち続けた西郡には、道場は最高のフィールドです。通っている子どもたちの、シャンとした姿勢や輝く瞳がすべてを物語っています。主体性と学習姿勢を身につける新時代の塾の姿として、教育界全体にも一石を投じる実績をあげるのではないでしょうか。