高濱コラム 2009年 5月号

新年度、親子ともども緊張したときがようやく落ち着いたかなというときに、ゴールデンウィーク。これが曲者で、直後に学校に行きたくないなどと言い出す子もいて、緑まぶしく美しい季節なのに、教育現場は案外やっかいな時期でもあります。同じ「行きたくない」にも、一人ひとりの心には、異なる糸がからまっています。注意深く対応しなければなりません。

4月の第1回目の授業にて。1年生の男の子T君。クニャクニャしていて、ピンとした姿勢を保てません。保つ気力がない感じです。全くやる気がなく「だいたい、お母さんが勝手に申し込んだんだもん」「やりたくない」「やだやだ、もう帰るー」。若い講師が、勉強をやらせるというより、ただ居させることだけに手を焼いて授業が終了しました。私は、ある見当をつけて彼の横に座りました。「弟か妹いる?」

えっ?という顔をして、うなずきます。「何歳?」「年少さんと赤ちゃん」「そっかー、じゃあいっつも弟君たちに、ママとられているんじゃない?」「・・・うん」「そういうの悔しいんだよねえ。先生もそうだったもん。2歳下に弟がいてさあ、弟ばっかり可愛がられてね。悔しかったなあ」私の顔をじいっと見つめています。もうこれで十分。「じゃあ、また来週ね」と言うと、ニッコリして片付け始めました。翌週来た彼は、別の子かと思うくらい積極的で、さくら(物語を読んで聞かせて、内容をクイズにする教材)の質問にも、真っ先に手を上げ、正解し、「こーんなの、かーんたーんだー!」と歌いながら、踊り始めました。

あのときのT君に、将来大事なんだと諭したり、そんな態度じゃ駄目だと叱ったとしても、効果はなかったでしょう。1年生。 何と言ってもお母さんなのです。「勉強を嫌がること」をほじくり返しても何も出ず、「お母さんにもっとかまってほしい」という彼の一番のこだわりに焦点が当たって、分かってくれる人が出現しただけで、もともとあったやる気が出てきたのです。

別の1年生の男の子、M君。男三兄弟の末っ子。上二人の良い人格を知っているので、油断していたのですが、2回目の授業には、お母さんに手を引かれてベソをかいているM君がいました。「『行きたくない』って言っているんです」とお母さん。しかしその顔はニッコニコの笑顔です。ここが3人育てたお母さんの強みです。動じていません。行かないなんて選択肢は無いのよという、おだやかな中に毅然たる姿勢と、心配ならそばにいてあげるよという大きい愛情が、両立して存在します。

ここでオタオタして、「事件」にしてしまうと長引くことが多い。子どもたちは、不安なときは、ゆるがないお母さんがいて、手をつないでいてくれるだけで十分。そこで、社会に出る機をうかがっているのです。ずっとそのままそばにいたいとは思っていません。安心できるママのぬくもりで自信をつけたら、外に行きたくなります。友だちを作ったり、遊んだり、勉強したくなります。

M君のお母様は、理想の対応でした。詮索したり、嘆いたりせず、堂々たる太陽ママとして、ただ手を引いて連れてきてくれました。3回目の授業では、多少不安な表情は和らいでいましたし、5月連休明けには、気合十分の瞳で挨拶して入ってくる彼がいました。あとでお母様に聞くと、会場の幼稚園の前の横断歩道で、手を離し「お母さん、もう帰っていいよ」と言い放ち、教室に向かって走り出したそうです。