緊急メッセージ お母さん、お父さんへ〜第一弾〜

1.あきらめなければ負けない 「1000年に一度」の重みを原点に

未曾有の国難に直面している。

どのくらい未曾有かというと、マグニチュード9.0。一説では「1000年に一度の大地震」なのだそうだ。「1000年に一度」。このことが、どのくらい重いかをイメージすることから、我々は一歩を動き出さねばならないと思う。1000年に一度のめったにない水準で、地球内部が変化をする時期に来ているということかもしれない。

不安の第一は「プロとして地震学者をしている人たちが、学生時代に習い、その後も研究してきた、たかだか数百年の地震データに基づく知識や経験則が、通用しない可能性がある。まして、一市民として数度の地震を経験したに過ぎない人々の「経験則」や「地域の言い伝え」など、全く通じないかもしれないということだ。それは、すでに「『想定外』の大津波」として具体化している。

9世紀の貞観地震が一部で注目されている。まさに地震のプロ中のプロである、一人の友人のメールにあったのだが、この大地震の頃には、同時多発的に日本各地で大きな地震があり、それは、あえて具体名は書かないが、「関東は危険だ」とばかりに一部の人たちが移動している先の地域ですら、起こったのだ。私は、あおりたいのではない。1000年に一度というほどの事態で地球が動きを起こしているなら、かなうわけはない。かなうわけはないくらいものすごいことなのだというイメージが、考える第一歩であろう。とにかく事実として私たちの世代は、そんなまれなことに出くわしてしまった。だとしたら、大人として、どのような心づもりでいるべきかを書きたいと思っている。

どこに逃げても安全の保証はない。1000年に一度ということは、そういうことだと了解する。さらに、どこに逃げても原発 はある。私はまず、「脱出」という幻想よりもとりあえず大きなエネルギー放出が行われたこの地に留まる道を選ぶ。動物的嗅覚として。覚悟を決めて再建への協力に全力を注ぎたい。

政府には、「これからさらに何かが起こってもよいように準備を始めておいてほしい」と切に願う。「大きい地震があったら、まあしばらくは起こらないだろう」という数十年レベルの人生経験での感覚は通用しないと腹を据えたほうがよい。某原発でまたこのような状態が起こる。それでもいいように、今から万全の準備をしておいてほしい。

こんなとき人は、まず明るいことを見なければいけない。長い歴史の中で「揺れ」そのものには、積み上げた知恵と知識があり、日本の住宅の「耐震性」は、世界でも断トツなのだ。9世紀の地震の資料には、「公私の屋舎は一つとして全ったきものなし」とあるが、現代と全く異なる ところだ。今回も非常に大きな地震であったにもかかわらず、多くの家屋が耐え抜いている。揺れそのもので家が倒れる確率は、今後もかなり低い。「余震が怖い」という恐怖に追い込まれている人には、強く言いたい。気持ちは良く分かるが、積み上げた棚のものが落ちたり、内装としての天井板が落ちてくることはあっても(これは机の下に隠れる・頭巾をかぶる等の基本対策でしのげる)構造は強い。日本の家の構造は世界一だと信じよう。

私が最も恐れるのは、パニックならびに心の萎縮だ。特に大人としていの一番に心がけねばならないのは、子どもたちに悪い影響を与えないということだ。余震がいつまでも続く、悪いニュースばかりが目に入ってくる。誰だって弱気になる。冷え切ったような心の状態にさせられる。そういう中で、近くにいる大人が暗い表情をしていたり、「もう終わりだね」とか「どうしようもないね」といった負のコトバを不用意に口にすると、子どもは落ち込む。大人の表情やコトバで、いらぬ絶望に追い込まれてしまう。

子どもの心は相当にしなやかに傷を修復する強いものを持っているが、それは、寄りかかる大人を信頼できるからだ。「太陽ママ」は、中でも最大のパワーを持っている。無理しなくてもいい。子への思いに気持ちを集中するだけで、光は放たれるから。

拙著「13歳のキミへ」に書いた、思春期の青年向けのアドバイスに「あきらめなければ負けない」というのがある。何度失敗してもいい、つらいことが続くときもある。だけれど、あきらめたらその時点で負け。あきらめずに、与えられた条件でのベストの戦いに何度でも挑む分には、 負けは無い。今、大事なのは、そういうセンスではないだろうか。何か起こっても、そのたびに柔軟に対応していけばいい。

考えてみれば、もともとゼロから築き上げた文明。再興しなければならないとしてもゼロからということは絶対になくて、かなり高い水準から、しっかり復興させていけば良いだけの話だ。世界中のネットワークも昔とは大違いに充実している。やってやろうじゃないの!と私は思う。日本は、すでに賞賛されているような、危機に際して暴動を起こしたりしない「冷静な判断力」と、「おたがいさま」という言葉に象徴されるような「あたたかい心」がある。これは相当な力だ。

家も家族も失って着の身着のままで避難所にいる人たちが、必死に耐えている。家族もいる、家もある私たちが支えずに、誰が支えるのだろう。

大人だってつらいよね。本当にこれからどうなってしまうのだろうと心配になるよね。分かる。みんなそうだよ。だけど母ちゃん父ちゃん、何よりも何よりも大切な子どもたちのために、一緒にがんばりましょう。「子どもたちの未来のためにどうあるべきか」に、思考の焦点を冷静に合わせて、助け合い、協力していきましょう。