高濱コラム 『母』

『母』2011年12月

2年前になりますか、サマースクールの中に「高濱先生と行く修学旅行」というコースを創ってみたことがあります。サマースクールはあくまで川を中心とした外遊びを軸にしていますが、思春期の子向けに修学旅行をするならば、こんなものをという思いを形にしたのです。阿蘇山で活動中の火口を眼前にし、熊本城の石垣で歴史を考え、湧水池に枠組みを後付けした魚の泳ぐプールで水のありがたみに触れ、水俣では水俣病の語り部に語っていただいて公害の実態を感じてもらい、満天の星に時を忘れ、最終日には、自分が泳いで育った球磨川の支流で遊びました。テーマソングの「キセキ」を大合唱しながら、私自身が運転するマイクロバスで移動し語り合った4日間は、濃密な日々として昨日のように覚えています。

もちろん花まるの全ての活動がそうであるように、笑いや楽しさというお皿の上に乗せているのですが、目的は、大人になりかけの初々しい魂に、人生について豊かな問題意識を持ってもらうための「考えるヒント」となる経験をぶつけることでした。語り部の女性の話をシンとして聞きながら彼らの心が震えるのを肌で感じ、またのちに何人もが、「あれは良かったです!」と語ってくれて、結論としては、実現してよかったなと思っています。

さて、その修学旅行をまたやってみたいなと思わせることがありました。講演で鹿児島に行ったのですが、前から行ってみた かった知覧の「特攻平和会館」を見学したのです。小泉元首相が涙していた場面で覚えている方もいるかもしれません。知覧の飛行場から飛び立っていった特攻隊の遺品や手紙などを展示してあるのです。

私も泣きました。もうすぐ旅立つというときに書いた手紙は、圧倒的な迫力があります。洗脳されていた気の毒にという見方をする人もいるのは知っていますし、二度と繰り返してはいけないという結論自体は間違ってはいないと思いますが、私は感動しました。ヘナチョコ溢れる現代では見られない彼らの背筋の伸びた生き方がまぶしかったのです。

いつの時代でも国家は教育を通じて、ある種の洗脳に近いすりこみをするもので、例えば今の日本で18歳になったら受験、21歳になったら「シューカツ」というものをするものだと、鵜呑みに信じている若者の姿は、まさしくその例です。大メディアが「大本営発表」といまだに本 質的には変わらないではないかということも、しばしば指摘されることです。矛盾や理不尽な制約は、いつの時代にもあるもの。私が最も心打たれたのは、置かれた状況で、人のために自分の命を投げ出す覚悟を決めた彼らの、母への思いについてです。

 

お母さん お母さん

今俺は征く

母を呼べば

母は山を越えてでも 雲の彼方からでも馳せ来る

母はいい

母ほど有難いものはない

母! 母!

(九段隊 中村実隊長の手紙より)

 

講演会でいつも言っていることですが、大人として社会人としてがんばっている人の共通項は、母への信頼が溢れていることです。母像は生きる力の中心。今回手紙を読んで、生死の際で心にわき上がるのは、やはり、母なのだと確認できました。こう書くと「親としてプレッシャーがかかる」と言う方もいるのですが、大丈夫。満点の人なんていないのだし、失敗もやりすぎもある人間らしい人間として、精いっぱい可愛がればいいんだと思います。

忘れられない一年となりました。たまさか生き残ったという気持ちは続いています。命ある限り、子どもたちの未来のために全力を尽くしたいと思います。良い年になりますように。