おたまじゃくし 『自分のものは自分で準備―かばんの整理ができる人は勉強もできます』

『自分のものは自分で準備―かばんの整理ができる人は勉強もできます』2012年6月

教室前にて。子どもの上着を脱がせ、かばんからさっと連絡帳を出してあげ、「さあホラ挨拶は!」4月当初はどの教室でもよくみかける光景です。たとえば、雨の日。我々にとっては、その子が傘を自分でたためるかどうかも、手先の器用さや、ちょっと大変な作業もあきらめずに根気よくできるかどうか、そして自分のことは自分でやる経験が普段からあるかどうかが、よく見える場面です。

そんなとき、「自分でやれるかな」とほんの少し待ってあげてみます。自分の力でできた瞬間を逃さず、「ひとりでやれたね」と認めてあげるとどうでしょう。残りの一時間、その子がはりきってやる気に満ちた表情で授業に参加するのは、言うまでもありません。

たとえば「連絡帳を自分で出す」という動きひとつをとっても、「自分でとらないと」と思うと、かばんの中のどこに入れたら取り出しやすいだろうか、出かける前にちゃんとあるかどうか確かめておこう、などと、お手伝いを日々継続する時と同じような、工夫や試行錯誤が生まれてきます。

小学校にあがっても忘れ物をしてしまう子は、多くの場合、「自分で準備をしてきた」経験が足りていないのでしょう。学習をスタートした最初の段階で、当たり前のように、「花まるの準備は自分ですること」を教えてあげることが、幼児期には必要です。もちろん大人のチェックは要りますが、肝心なのは、「自分で確かめた、用意をした」と、本人が自信を持っていることです。これが、学習に対する自主性への第一歩となるのです。

「だって、お母さんが入れるの忘れちゃったんだもん」そういう子は多いです。「花まるは、自分のことだよね。お母さんのせいするのはおかしいな。自分で確かめてくればいいことだね。次から自分で準備しよう。」そういうとどの子も、はっとした顔をします。

これは、ついついわが子が不自由な思いをしてしまわないようにと普段から用意を全部やってあげてしまっているために、「お母さんが間違ったから、僕の○○がなかった!」と報告されたときについ「ごめんね」と言ってしまう、そういう関係性の中で出来上がってしまう価値観でしょう。

自分のものをきちんと大切に扱えるかどうか。一流のスポーツ選手は、自分の道具を愛情こめて手入れします。それと同じことです。学習に使う道具を、愛情持って扱えるかどうか。これは、人に対しても同じではないでしょうか。結果、かばんの整理ができるということが、学習に対する姿勢と比例するのです。