高濱コラム 『男の子は○○○○○と思えばいい』

『男の子は○○○○○と思えばいい』2012年6月

「お母さんのための男の子の育て方(実務教育出版)」という本を上梓しました。「男の子」である理由の第一は、講演後の質問や相談が、圧倒的に男の子についてのものが多いことです。女の子は、母にきついことを言ったりして「難しい(特に思春期に近づくにつれて)」という面はあっても「分かる」と、お母さま方はおっしゃいます。一方男の子は、「可愛い」けれど「分からない」存在のようです。

女性は、うなずきという作法や、「ひどいね」「かわいそー」「そうなの!」といった合いの手のリアクションに象徴されるように、お互いが共感し分かりあうことが、コミュニケーションの基本スキルとして身についています。ところが男の子にはそれが通じない。「何でいつまでもイジケてるの」「危ない!」「きたないでしょ」「遊びで負けたくらいで、そんなに泣かなくてもいいでしょう」などと言ってしまうことも多いのではないでしょうか。何故その行動をとるのか、母は理解してあげたい女心で接するのだけれど、分からない。

講演会で私は、「分かろうとするからいけない。カブト虫を飼っていると思って、観察して生態を学べば良い」と言っています。「へえ、土にもぐるんだ?!」「ゼリーにずっとくっついているのね」というように。この本が、そういう観察の手引きになれば幸いです。

一方、こんな問題意識も持っていました。ニートや引きこもりに代表される「働かない大人」は、明らかに男性が多いのですが、その現場でいくつものケースを見てきて、こういうことかなと感じたのです。それは、「成人の女性」である母親が、心から良かれと信じて、「幼児かつ男性」である息子がカブト虫らしく育つことを阻んでしまっているということです。

「ママ、そういうのいやだな」と「戦いごっこをやめさせる」ということは、「ママ、これいやだな」と「ツノをへし折ってしまうこと」です。ママの感性の中に存在しないけれど、生物として湧きあがってくる男ならではの情念・情熱があるのに。「草食系男子」という言葉が流行したのは、ツノを折られオスの迫力を失った多くの男性への危機感を、みんなが感じていたからではないでしょうか。どの母さんも悪気なんて無かったのです。ただ、地域の絆が断ち切られ、孤立した子育ての中で、「男は違う生き物だよ!」「男は喧嘩するもんだよ」と教えてくれる先輩母さんがいなかったのでしょう。

優しさは大切な美徳です。しかし、それは「強さ」の上にしか花開きません。そして、現代の成人男性の多くは、強さを育む経験を奪われて育ちました。喧嘩やトラブルの機会を除菌するように奪われ、つまりそれを乗り越える経験をも奪われ、大人になって理不尽に直面したとき、ただ 困ってしまったり逃避したりするのです。「(男の子らしい)葛藤の経験の重要性」は、今どんなに大きな声で叫んでも叫びすぎることのないものでしょう。

さて、先日の講演会のアンケートに、このような感想がありました。「息子はいつもシャツが出ていて、みっともないと思っていましたが、本日、高濱先生もシャツを出していたのを見て、男はそういう生き物なんだとつくづく思い、ちょっと安心しました」と。なるほど、これもきちんとした母が、男子に抱きがちな悩みだな、本に載せたかったなと感じました。

ちなみに、そのお母さんに伝えたいのは、花まる全体で100名を超える正社員の中に、「あの人、シャツよく出てるよね」と言われる男が4名いるのですが、一人は千葉大、三名は東大です。開き直るつもりもありませんし、身だしなみがいくつになってもできないことは恥ずべきことです。ただ、そういう側面もあるんだなと知って、お母さまの肩の力が少しでも抜けて、大らか母さんでいるための手助けになればいいなと思います。