高濱コラム 『メシが食える大人に』

『メシが食える大人に』2012年7・8月

就職がうまくいかないことを苦にして自殺する若者が増えているそうです。私の教え子でも、数年前に卒業生で早稲田に通っていた女の子から電話があって、気落ちした表情で相談に来たことがあります。極めて優秀でまじめ、愛想も悪くない。話を聞き、君なら必ず世の中は必要とするからと元気づけたものです。

その彼女から再び挨拶に伺いたいと連絡がありました。電話すると、その後大学院に進み、今春無事就職できたそうです。「何とか、自分でご飯食べられるようになりました」と、照れ笑いしながら報告する、前よりずっと元気な声を聞き、ほっとしました。

ちょうど講演で行った京都の某塾の代表が、興味深い話をしていました。人生の回り道をしている魅力的な人なのですが、就職希望の大学生に会社代表として話し始めたら、100名以上いるどの表情も元気がなく、お通夜のようだった。聞くと、年初から始まった就活ももう半年。ほとんどが20社・30社と落ちていて、中には50社以上も落ちている子もいる。中学・高校・大学の入試で、どんなに受けても数校。そしてたいていどこかには 通る。今や、就活は最大の難関であり、そこで試されるのは「自分には価値がある」と思える心=自尊心なのだと。

本当にその通りで、お客様でいられた学生時代は、ナギ同然の港のようなもの。稼ぐ側に回る社会は外海です。時代的な厳しさもある今は、波浪厳しく、船出できない学生の心理的負担は相当なものでしょう。経験したことのない壁に直面したとき頼りになるのは、最後は内なる強さです。「いや、何とかなる」「私は大丈夫」と信じられるかどうか。それを支えるものは、幼少時期から青年期までの育ちでしょう。何度壁に当たったか。乗り越えることができたか。愛されていると感じることができたか。人生楽しいと感じることができたか…。

さて、新入社員の日報に、興味深い記述がありました。昨年アルバイト時代に行ったサマースクールで、肢体不自由の子が参加していたのだが、自分はどうしていいか分からず何もできなかったという、自分を責める内容です。私は、社員たちに対してこう話しました。責任を感じる必要なんてないよ。報告してくれたNさんにとっては、その困惑こそ財産だ。若い今、色んな場面で感じる、違和感・嫌悪感・苦しみは、全て自分を強く大きくする チャンスだ。ちょっと心の負担を感じる場面に出くわしたら、よし!と向かって行ってほしい、と。

本来、幼少時から青年期に必要な経験が不足しているとしたら、20代で埋め合わせて行くしかありません。何度でも書きます。これだけヤワな大人(気の毒なのは本人ですが)を量産した背景には、人が強くなるために必要な葛藤経験を、事件化し騒ぎ立て「可哀そう」の一点張りで 取り除いてしまったことにあると、私は考えます。

小さい頃、大笑いを何度もしたから、人は大笑いできる大人になります。友だちを喜ばせることをしたから、人を喜ばせられる 大人になります。がんばるぞ!と突進した経験があるから、がんばれる大人になります。嫌なことに何度もでくわしたから、嫌なことにめげない大人になります。何くそと直面し乗り越えた経験があるから、壁を乗り越えられる大人になります。

さあ、夏休み。自然を愛し、みんなといると楽しいと思い、体を動かす喜びを知り、人生って素晴らしいなと思える大人になってもらえる、さまざまな経験を与えるチャンスです。3年生の一人の子にとっては、たった一度の3年生の夏。まず第一に無事でありますように。そして、喜びと同じくらいつらいこともある、多くの体験に満ちた夏となりますように。