西郡コラム 『私ひとりではできない』

『私ひとりではできない』2013年4月

子どもたちが学習する力を伸ばすには、直面すること、逃げないで自分のものとして引き受けること。これができれば伸びる。学習道場の学習は子どもたちをそういう方向に時間をかけて自立するように応援する場所である。昨年度も中学、高校へと子どもたちは旅立った。彼らと共に道場で学んだ実践が私たちの学習道場をつくっている。

私ひとりではない。西郡学習道場は、南浦和、用賀、つくばの三教室があり、私が南浦和で受け持てる生徒は限られている。私を始め道場のスタッフが共有している信念は、お預かりした生徒をいかに伸ばすか、そのためにその子のために常に考えようということだけである。自分たちの評価は気にしなくていい、親の要求も聞く、しかし、譲れないのはお預かりした以上どう伸ばしていくか。一人ひとり生徒のことだけを考える。ただし、教えすぎないこと。自分の課題として引き受けることができるかどうか、自立した学習者を育てていくには、自分で考える「間」が重要。

つくば教室は中学生のみ、花まる学習会の卒業生の継続して学習したいという要望を受け、現地の花まるスタッフのどんな子でもお預かりしたいという信念のもとにできた。茨城県・つくば市も学習塾が乱立し、多くの中学生が塾通いをしている。大概、学習塾は有名高校の実績を誇り、集客を目指す。すると塾に通うだけで成績の出ない生徒は軽んじられる傾向にある。花まるの学習法を継続した生徒たちが、成績のいい悪いに関係なく、学習の自立を目指し、学習に直面し自分で考え学習する。そして本当に分からないことをすぐに聞けるような環境を準備したい。また学習面でだけではなく、思春期を迎える彼らが心の悩みを相談できる、生徒本位の学習塾はできないものか、というのが花まるスタッフの設立趣旨だった。

しかし、花まるの思いだけで通用するのか、学習道場で高校入試は大丈夫だろうか、という不安の声もあった。設立から5年、現地のスタッフの努力が着実に実績となって現われた。これまでの卒業生が、県内トップの土浦一校をはじめ、二校、三校、竹園、牛久栄進などの公立高校、土浦日大、常総、東洋大牛久など茨城県内、都内の私立高校など行きたい高校に合格の実績を勝ち取ってくれた。今年の卒業生の中には、土浦一校に合格した生徒もいる。生徒会長もやり、学習だけではなく魅力的な人間として成長した。ピアニストを目指す生徒は学校に行かない日も道場には通い、第一志望校の桐朋学園高校に合格した。ダウン症の生徒もいた。お預かりできるかどうか迷ったが、NPО法人「子育て応援隊・むぎ組」(高濱代表が理事長、花まるグループが支援している法人)の療育部門「フロス」に相談、養護教育を専門とする学生もいるということで決めた。その子が通い始めて、学習が楽しいというようになり、そして高校にも入学できた。

学びたいもの、来るもの拒まず、大手で切磋琢磨したい生徒も追わず、他塾で行き詰った、困ったら道場に帰ってくればいい、というスタンスは設立当初から変わらない。常総学院の入試担当の先生から珍しい塾ですねと感心してもらい、懇意にしていただいている。学習塾の偽善に辟易している地元の高校の先生に「わかる人はわかる」という信念が通じた。

道場の受験科は、当事者意識を作ってから受験に向かわせるやり方、急がば回れ、まじめにコツコツ学習する子が安心して受験できる環境をつくる。能力の高い低いは問わない。自分の持っている潜在的な能力をどこまで引き出せるか。自分で何とか解決しようとするか。偏差値ありきではなく(5年時には偏差値は出さない)、直面する学習ありき、わかる体験の積み重ねで伸ばす。学習の量の多さ、その消化不良、不必要な比較、偏差値による序列の構築、保護者への情報過多などの受験の弊害を、道場では排除する。その子がその課題を克服しないと前には進めない。わかるまで教える。ただし、自分からわかろうとしない場合は教えない。

用賀教室の道場受験科の生徒も増えている。用賀の道場スタッフの人柄を信頼されてお預けになる保護者も多い。道場特訓の昼休みは近くの公園で遊ぶ、相撲を取る、子どもたちと真剣に取り組む。この光景だけでここの子たちは伸びると確信する。本年度は受験生が入試を迎える。結果を出す年でもある。

そして、南浦和の道場受験科も信頼するスタッフに任せている。師範代がいる。設立当初から支えるスタッフもいる。講習では朝の9時から午後5時まで、それでもできない子には付き合う、逃がさない。へとへとに疲労困憊したスタッフの充実した表情に感謝とお預かりした責任を果たせる確信をもつ。彼らはすぐに動く。西郡学習道場は私が目の届く範囲でしか生徒は集められないと設立当初は思っていたが、信頼できるスタッフが私以上に子どもたちを伸ばしている。経験の叡智と若さのエネルギーと創意工夫、当事者意識を持った人間しか教えられない。

道場の生徒は、花まる学習会から、スクールFCから移動してきた生徒。花まるの、スクールFCの教室長、スタッフが保護者に道場を案内してくれて生徒は集まってくれる。保護者の信頼を私たちにバトンタッチしてくれて初めて成立する。責任を果たさなければならない重圧を喜びとし、さらに伸ばそうという意欲で日々の実践にあたる。

西郡学習道場は、ここで学ぶ子どもたち、信頼してお預けいただく保護者の方々、花まる学習会、スクールFCの教室長、スタッフ、そして道場の理念を共有する道場スタッフでつくられている。私ひとりではできない。