松島コラム 『平凡なことこそ大切に』

『平凡なことこそ大切に』 2014年8月

この時期の受験生にこんな質問をすることがある。
「学校の授業って面白い?」 すると、ほとんどの生徒が「つまらない。」と答える。
私:「なぜつまらないの?」 生徒:「だって、塾でやってことばかりだから。」「全部わかっているから。」
私:「じゃあ、円の面積が半径×半径×円周率になる理由を説明できるかい?」
生徒:「あっ、それ、学校でやった。あれ?なんでそうなるんだっけ・・・。」「先生、それって入試に出ますか?」
 世の中には見た目や想像よりもはるかに奥が深く、面白いことがたくさんある。今勉強していること、
経験していることも、まだほんの入り口に過ぎない。学校の授業でももっと深く掘り下げて考えれば教科書の内容に留まらない新たな学びがあるかもしれない。武雄市で導入される反転授業のねらいの一つである。うわべだけを見て、わかったつもりになってしまうような大人にはなってほしくない。
 昔、担当していたクラスに開成中志望者のA君とB君がいた。
 A君は一を聞いて十を知るような天才型の子どもで、ちょっと教えれば一瞬で理解できてしまうタイプだった。だれも解けない難問をあっさり解いてしまうこともある。その一方で基本問題を間違えることも多い。社会や理科の基礎知識にも穴がある。国語の読解問題では自己中心的な答えを書いてしまう。学校では、先生のあげ足をとったり、勉強ができない友達をバカにしたり、先生泣かせの子どもだった。
 B君は、言われたことは最後まできちんとやってくるタイプで、授業中も先生の話をしっかり聞くことができる。学校の授業や行事も一生懸命に取り組み、受験勉強で忙しい中、夏休みの読書感想文では全国コンクールまで進んだ。B君の悩みは算数が苦手なこと。模試では応用問題にほとんど手がつかないまま時間切れになってしまう。偏差値50台後半までが精一杯。夏休み明けの最初の模試でも結果は芳しくなかった。そこで私は、すでに何度も復習をしている問題集を二週間で全部解き直すように指示をした。同じ時期にA君にも同じ問題集を復習する宿題を出した。しかし、A君は「先生、今からこんな簡単な問題、やる意味あるんですか。一度やったから全部わかるんですけど。」とやることを渋った。私はこれまでの模試でのミスの原因を伝え、反復の必要性を丁寧に説明した。B君は約束の二週間で仕上げてきた。しかし、A君は言い訳を上手に持ち出して、三分の一もまともにやってこなかった。6年生の後期ともなれば、過去問演習のほかに、多くの受験生は特訓講座も受けている。応用問題への対策はそれで十分なのだが、A君はほかの難問集を家でやっていたのだ。
 12月の最後の模試のとき、開成中学の判定は二人とも五分五分だった。もちろんどちらも合格してほしかった。しかし残念ながらA君は涙を飲む形になった。開成中学の問題は、年によって傾向が変わり、難易度が大きく動くことがある。この年の算数はかなり易しい問題だった。全体としても平均点が高く、難問が解けなくてもミスをしない受験生が有利になる入試だった。そのことが二人の明暗を分けたのかもしれない。
 「簡単なことほどおろそかにしてはいけない。」「平凡なことでも一生懸命にやる。」
受験勉強を通して得られることは社会でも通じることは多い。入試本番では一問も雑に扱うことはできない。言葉ではわかっていても結局は日ごろの取り組み方が表れる。
 未来のために今伝えるべきことがある。「幸せな受験」をしてもらうために。