Rinコラム 『何かができたときは』

『何かができたときは』2016年2月

教室では、私たちがその役割を担っていますが、「何かができたときは見ていてほしい」というのは、子どもの本質です。「見てもらいたい」「聴いてもらいたい」「褒めてもらいたい」「共感してほしい」…。
 大人の一貫した毅然とした態度、ブレなさに頼りがいを感じ、本能的に安心できるのが子どもだからです。叱った後の方が子どもは懐く、のは教師であればだれもがよく経験していることの一つです。

子どもたちが自分で、自分の作品について説明をしだすときは、聞いてもらいたい、見てほしいという強い思いからです。隣の子の制作を、私が言葉にしていると、子どもたちは横目で必ず確認しています。それから、自分のも見てほしいと要求するのです。見てもらえることで、すでに満足の気持ち。それまで言葉を発さず無表情だった子でも、その瞬間安堵の表情をします。そして安心して次に向かいます。より自信をもって。自分の分身である作品を言葉化し、共感してもらえることは、彼ら自身への承認と同じなのです。そこからくる満足、達成感、喜び。更なる表現の追求。その繰り返しです。

彼らが考えたこと、思ったことを素直に出せる空間というのが、もっともクリエイティブに持っている能力をのばすことができる環境といえます。解放する、という言い方をすることもありますが、どんなチャレンジでも受け止められるという場で、何がよいと思うのか、あなたはどう感じるのか、とことん自分と向き合い、自分の頭で考えることを促し続ける場では、子どもたちは次々に壁を突破していきます。

思い描き、見えないものを想像しようとし、創造することが楽しいと思う(想像力)。自分の作品を見てもらうために、ストーリーや思い描いたもの、技術的な方法を他人に伝え、説明しようとする(言語力)。頭で考えたことを、実際に手を動かしてチャレンジしてみる。とりあえずやってみようとする(始動力)。他者を想定して、驚かせたり笑わせたり人が思いつかないような思いつきを試そうとする(発想・思考力)。自分が納得いくまで粘る。他人の意見よりも、自分自身と向き合う(完遂力)。

「どう思う?」「どう感じる?」「君は、どうしたい?」人生はその選択の繰り返しです。そして、それはすべて自由意志です。あなたはどんな人生を生きていきたいのか?それを問い続けるのが人生をよりクリエイティブに生きるカギなのでしょう。

※創作を通した表現のクラス「ARTのとびら」は2016年5月にスタートします。本誌「芸術のページ」も併せてごらんください。

レロ由実