松島コラム 『入試応援』

『入試応援』 2016年3月

今年もこのときがやってきた。2月1日、この仕事を始めてからこの日は私にとって特別な日になった。本当にいろいろなことがあった。地震、大雪、大遅刻、忘れ物、保健室受験、すぐに頭に浮かぶのはアクシデントばかりである。中学受験をご存じない方にとっては、ニュースなどで映し出される、入試応援の光景を異様に感じるかもしれない。早朝から学校の門の前にずらっと並ぶ塾講師の列。その雰囲気も手伝ってか緊張した面持ちでやってくる親子連れの姿。2月1日はほとんどの受験生にとって第一志望校の受験である。1月の千葉や埼玉の受験とはまた違った緊張感がある。それでも自分の塾の先生を見つけて少しホッとした笑顔を見せる。手袋をとって握手をする。「昨日は眠れたか。いつも通りな。しっかりね。落ち着いてやれば大丈夫。よしっ、頑張って行ってこい!」あちこちでこんなやりとりが聞こえてくる。昔は、学校の前で円陣を組んで「エイエイ、オー!」のようなシュプレヒコールをする塾もあったが、最近は学校側の規則も厳しくなり、あまり見かけなくなった。
「当日の応援になんの意味があるのか。それで結果が変わるのか。」と聞かれたら、こう答えたい。
「だれも来ていなかったら寂しく思うかもしれない。そんなことで一瞬でもがっかりしてほしくない。子どもたちにとってこの受験は人生のほんの通過点に過ぎない。しかし大事な岐路に立っていることもまた事実である。私たちは子どもたちと長い間、同じ場所で同じ時間を過ごしてきた。その意味では家族同然なのだ。少なくとも私たちはそう思っている。だからしっかりと最後まで支えてあげたい。応援してあげたい。ただそれだけである。」
 入試応援は2月1日だけではない。来る日も来る日も最後の一人の受験が終わるまで続く。
 20年近く前の2月5日、とある中学の最後の入試。一人でトボトボと歩いてくる男の子の姿を私は今でも忘れられない。父子家庭のその子は、お父さんの仕事の都合でこの日は一人で試験会場に来ることになっていた。千葉の入試からスタートしたがもう後がない状況だった。この日から受験生の数も一気に少なくなる。2月1日には列を作っていた塾講師の姿も数えるほどしかいない。集合時間の1時間前からずっと待っていると、遠くに彼の姿を見つけた。しかしその影が一向に近づいてこない。「あいつ、なにやってんだ。」とこちらから駆け寄っていくと、ゆっくりゆっくり横に揺れながら歩いている。「おはよう。どうした?調子でも悪いのか?」「・・・」「寒いから早く行こう。もう試験会場には入れるから。」と促した。学校には着いたものの、このまま別れるのが心配になってきた。連日の入試で疲労も見えている。覇気がない。もう少し彼と一緒に居ようと思った。しかし今更気の利いたことを言っても様子は変わりそうもない。唐突に、「しりとりでもやろうか。」と切り出してみた。塾では彼からよくしりとりに誘われた。こんなときだから断られても仕方なかったが、「いいよ。」と二つ返事だった。わざと負けようかどうか迷っているうちに、本気でやって本当に負けた。続いて、あっち向いてホイ。小さい声なら大丈夫だろうと思って一回やってみたら、誘導係の先生ににらまれたので中止した。そんなことをしているうちに会場に入る時間がやって来た。彼の顔にも少し笑顔が戻ってきた。「がんばって来いよ。」の一言だけ。ただただ見守るだけだった。若干名しか合格者を出さない入試だったが、結果は合格。第三志望だったけど彼にとっては、あきらめないことの大切さを教えてくれた、とても価値のある合格だったに違いない。
 今年もFC生・道場生は果敢に挑戦した。友達と遊ぶのを断り、テレビやゲームも我慢し、夜遅くまで勉強した日々。これまでの努力とその勇気を称えたい。まだまだ人生は始まったばかり。可能性に満ち溢れている。次の新たなステージでも輝いてほしい。
 最後に、これから本番を迎える高校受験生、そして来年受験するすべてのFC生・道場生にエールを送りたい。