高濱コラム 『卒業するキミへ』

『卒業するキミへ』2016年4月

 今日も、授業をする教室で待っていると、一番になりたい少年が、全力疾走でこちらに手を振りながらやってきた。その姿は、数年前のキミだね。おじさんの私は、こういう1年生の姿を見ると、世界で一番美しいものに触れている気持ちで、泣きたくなるんだ。23年間、本当に毎週毎週そうだった。先生になれて幸せだなと心から思う。
 先週こういうことがあったよ。作文を書けない1年生の女の子が、居残りになった。とにかく凍り付いてしまって、途中からは号泣。この子は花まる漢字テストでも特待を取って、基準より先のテストを受けるくらいだから、できる子なんだよ。でも逆にその完璧にしようという良い性格が、時として作文のような「答えのない課題」になると、動けなくなってしまう要因にもなるんだな。結局その子は1時間半も長くいて、「私は、書くことが浮かばず居残りになりました。これからはちゃんと書くことを準備してきたいと思います」という意味の、まるで始末書のようで、でも思いのこもった文章を書いてくれたけどね。自由自在に書きたいことを書ける今のあなたは「え、何で書けないの?」と思うかもしれません。だけど忘れているだけで同じことがあったんだよ。少しずつ少しずつ力をつけて、今のたくましいキミになったんだ。
 ちなみに、その子のお兄さんは3年生なんだけど、そのエピソードの前の週に、面白いことがあった。パターンメーカーが早く終わって仲間と手をつないで「頑張れ!頑張れ!」と、他の班を応援し始めたはいいが、あまりに調子に乗って絶叫し過ぎて、酸欠になったんだろうね、途中から青い顔をして座り込み頭を抱え込んでしまった。今のキミなら「あらあら」と落ち着いて見ているだろうね。でもこういう低学年の男の子のおっちょこちょいぶりも、可愛いよね。妹君もお兄ちゃんも、伸び伸びと生きる中で、今まさに、思い出を紡ぎ続けてくれているのだね。
 キミとの思い出もつきない。今でこそ手足が伸びて大人の骨格になって、青春の香りがしているけれど、小さくて泣き虫だった1年生時代、ちょっと生意気になってきた3年生時代、本当に可愛かったよ。
 そんなキミがついに卒業と聞くと、せつなくなる。だけど、つらくはないよ。第一に、同じ場所にずっとなどいられないのが人生だもの。「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」ってやつだね。第二に、ご両親の宝物であるあなたをお預かりしてきて、いよいよ無事に見送ることができること。責任を果たしたという喜びは格別だ。第三に、こうやって絆ができた以上、またいつか、きっと会えること。どこかで会ったら、笑顔で話しかけてきてね。

 ところで、子どもの卒業式で大人たちが泣くことって、今のあなたは不思議に思うかもしれない。でもね、親、特にお母さんって、キミには想像もできないくらい、心配症なんだ。「あ、冷え込んできた。あの子寒くないかな」とか「ちゃんと食べてるかなあ」「仲良くやれてるかしら」と、四六時中キミのことを思っては、心配してきたんだ。だから、節目の時って、無条件に感動してしまうんだよ。ここまで来れたな、良かったなってね。卒業式の日には、一言「ありがとう」って言うんだよ。
 さて、話は変わるけど、本を出したりテレビに出たりすると、実像よりも立派に見られるもので、私のことも凄い人と勘違いしている人がいるかもしれない。だけど、本当はだらしなくて、女性から見ると常識に欠ける典型的な男です。先日も、新しく買ったジャケットの胸ポケットにチーフを入れようと思ったら、塞がっている。ははあ、このジャケットは見た目はいいけど、実用的じゃない商品なんだなと思いながら講演会を終えて、出口でお見送りをしていたら、よく知っているお母さんがいたので、胸ポケットの件を話した。すると「先生、それ、仕付け糸ですよ!」と注意されました。
 また、別の講演会では、終了後「写真撮ってください」という方が何人かいらして、ちょっとモテた気分になって、カッコつけて撮ったんだけど、家に帰って写真を見たら、お腹のところから、シャツがビローンと飛び出てた。そのまま何枚も撮ってしまったんだね。

 こんな私が、なぜつぶれずに花まるを維持できたかというと、「いい仲間」「応援してくれる人」に恵まれたから。特に、妻・社員・保護者のお母さんなど、女性からの応援が多かったことは大きいよ。異性の進言やアドバイスは、すぐにはなかなか理解できないもの。しかし、だからこそ教えてくれる意味があるし、謙虚に受け止めることができたら、実はすごく幸せに近づけるんだよ。
 勉強ができること・優秀であることは、良いことです。でも、それと同じ、いやそれ以上に「可愛がられること」が大事なのが人生です。なぜなら人間は社会的な生き物で、周りの人とうまく付き合えることが、幸福の必要条件だから。「あなたをとっても好き」だけでは、結婚できません。「御社が気に入りました」だけでは就職できません。「相手から好かれること」「相手から必要とされること」が大事なんだ。

 そのために何ができるか、を考え抜く青春であってください。それは一言で言えば「魅力を備える」こと。答えは一つではありません。頑健な肉体・人柄の良さ・優れた哲学・頭の良さ・豊かな発想力・温かい思いやり・ユーモアセンス…。色々なテーマが見つかるでしょう。自分の強味を伸ばし、弱点を乗り越えて、バランスのとれた魅力を培ってください。

 これからの人生、良いときばかりではありません。でも、それを克服したら心の強い人になれます。人に見せない日記は支えになると思うから、勧めます。またもしも誰かを頼りたくなったら、花まるの先生たちみんながずっと味方だからね。いつでも相談してください。
 キミと一緒に歩けたこと、心から感謝します。願わくば、いつか野外体験や授業で一緒に働けるときが来たら、最高に幸せです。
 卒業、おめでとう!

花まる学習会代表 高濱正伸