高濱コラム 『読書の喜び』

『読書の喜び』2016年11月

東京ブックフェアで、「子どもが読書好きになる方法」についての講演をしました。母が認知症になる前であれば、「お前がかい?」と驚いたことでしょう。小さい頃は、読書を全くしない困った子だったからです。2歳上の超のつく読書家の姉へのコンプレックスで苦手意識を持っていたことや、基本が外遊び派であったことなど、いくつか考えられますが、物語に全く共感できなかったというのが一番の理由だったでしょうか。
 誰がどうしようと自分とは関係ないし、この人がどう感じたかと聞かれても、「人は必ずしも考えと行動は一致しないから、この文章だけで分かるわけないだろう」と考えてしまい、算数はこれが絶対答えだと言い切れるのに比べて、曖昧さの残る感じが納得できなかったと記憶しています。
 そんな私も、思春期になり体が変わり哲学を始め、恋や友情に悩んだときに、年長の従兄から勧められた北山修さんの本が入口になってアレルギーが無くなり、高校時代の筒井康隆への傾倒で一気に活字世界に没頭する時期が来ました。国語は得意になり、入試の頃は、素材の文章の面白さに感じ入ってつい時間が過ぎてしまうという問題は抱えつつ、得点源になっていました。
 教育というのは面白いもので、ずっと得意だったものよりも苦手だった時代があるものの方が、先生になったときに力になる面があります。本で言えば、読みたくない子の気持ちがよくわかるからです。塞翁が馬ですね。そして今一番言いたいのは、わが子が読まなくて困っているお母さんに、私の例も救いになるのではということです。走り回って遊びこみ、友だちとの関係で、甘美なときも苦いときもたくさん経験している子ならば、その心の内に起こった様々なモヤモヤに一つずつ言葉が充てられていく喜びで、いつか必ず読書好きになる日も来ますよ、ということです。

長く、多くの子育てを見守っていると、小学生時代の読書の一番の問題は、余計なことを言ってしまうくらいなら、放っておけばよかったのに、愛し心配すればこそ言わずもがなの言葉で、却って本嫌いにさせてしまうことです。以下は、花まる売り出し中の「読書王子」こと平沼純が調査した「親のその言葉で本嫌いになったNGワード集」です。
1 まだこんな本読んでるの?
  もっと字が多い本を 読みなさい。
2 小学生なんだから絵本は卒業ね。
3 またそれ読んでるの?
  いい加減他のも読んだら?
4 もっと厚い本にしなさいよ。
5 途中でやめるの?最後まで読みなさい。
6 読み終わった?じゃあ、どんな話で、どう思ったか説明して。

「あちゃー」という方もいるかもしれませんが、私が言いたいのはここからです。
 例えば6を見て、「ああ、こういう説明はさせてはいけないんだな」という結論を出してはいけないというのが、今回のメインディッシュです。私の算数脳の講演や国語の田代の講演をお聞きになった方は、二人がそろいもそろって「一文要約」を強調してきたことは、ご存知るでしょう。つまりエッジの子たちが最後の一段を上り詰められるかどうかの現場に居合わせた指導者からすると、問題作成者の意図を一文で要約する力こそが、思考力の大黒柱であることは一目瞭然なのです。トップの子とそうでない子は、「先生要するに~ということですよね」という言葉の詰め切り具合の差として現れる。それで保護者に、「映画を観たときや、本を読んだときに『それはどういうお話だったの?』と聞いてください。物語ならば『○○が△△した話』として、論説文ならば『○○は△△だ』という一文として、要約できますよ」と伝えてきました。
 ところがNGワードの6番です。これは、どういうことでしょうか。実は、要約させるには、「言い方が難しいのだ」ということこそが、この声から学ぶべき真実でしょう。しばしば子どもたちから聞くのは、詰問調あるいは口頭試問のように聞くお母さんの存在です。それで好きになれというのは無理です。つまりは「芸風」が大事なのです。明るく爽やかな芸風が。「えー、映画見たの?どういう話、どういう話?」という感じでしょうか。相手が自然に話したくなる会話のムードです。低学年までは「一番面白かった一場面」とかのエピソードしか言えないことが大半ですから、そこで「要約してみせる」のがコツです。「ああ、つまり○○が△△したって話か」と、身近な大人が楽しそうに煮詰めて見せることが、最大の指導法だと思います。
 それでは、その芸風を支えるものは何でしょうか。それは、導く大人の側が安心して生きているということと、心の底から本が大切だと感じていることだと思います。特に、これだけスマホを代表とするコンピュータ社会が発展し、紙ベースの出版は下降気味になり、必要情報という意味ではほとんど画面で検索し画面が教えてくれる時代に、「いえいえ、本はやっぱり大切ですよ」と言い切れるかどうか。例えば「この一冊」と呼べる本はあるでしょうか
 私の場合は、ちょっとゴチャゴチャした気持ちになったとき、リセットできる図書と言えば、並み居る古典の有名本を押しのけて、コリン・ウイルソンの「超読書体験」という上下二巻の本です。音楽で言えばジョン・レノンというのか、完全に男子校で受ける魅力に満ちています。進学校で頭は抜群に良いのだが先生に媚びたりせずにいる不良の清々しさとでも言えるカッコよさにあふれていて、古今東西の名著と呼ばれる本を情け容赦なくぶった切っていくのです。その切れ味と感性が素晴らしく、最高に素敵な男友だちと接した感覚になれるのです。少し見失った自分の立ち位置を確認できるのです。
 素っ裸の自分になっても、絶対に捨てられない一冊はありますか?子どもたちのためになるから読ませようというのではなく、心底からその素晴らしさをわかっているから「読書の喜び」を伝えようということでありたいですね。    

花まる学習会代表 高濱正伸