道場コラム 『比べない、学習道場の受験科』

『比べない、学習道場の受験科』 2017年12月

 持って生まれた、子どもの本来の能力をどう伸ばしていくか、中学受験・高校受験に関わらず学習の基礎を習得して、生涯の学習者としての自立を目指して、学習道場を設立しました。生きていくためには生涯、学習します。学ぶことの基礎をつくる鍛錬の場として、自分と向き合う場としての学習道場です。
 学習道場に中学受験科を設けたのは、小学5年生女子の保護者の相談からでした。言葉数の少ない、大人しい子で、自分に自信がなく、いつも不安な表情をしています。身体的にも、発達の遅さが見て取れます。何事にも慎重で、理解するまでに時間がかかっていましたが、まじめにコツコツと課題には取り組む、真摯な姿勢を見せていました。この子がこのまま地元の公立中学に進学するには不安がある、かといって中学受験の過酷さに耐えられるだろうか、こういった保護者の進学相談でした。
 中学受験は小学6年生までの短期的なスパンの学習の成果が問われます。学習道場の設立当時、受験科は考えていませんでした。すぐにはできない、時間はかかる。ただし、正面から取り組めれば、当事者意識が育てば、だれでも伸びる。それには長期的な時間が必要で、早熟な子が有利な中学受験は、学習道場に通う子たちには酷であると考え、中学受験を目的とするものではなかったのです。しかし、学習道場の考え方に賛同された保護者の方が、小学4年生の時に道場に預けられ、その後、スクールFCに移動して中学受験をするケースも増えてきました。また、中学受験をするかどうか、その資質が子どもにあるかどうか、その見極めの一年として学習道場に通う児童もいました。そして、先ほどの相談でした。
 首都圏に受験があり、そこで苦しむ児童がいるなら、学習道場で受験科をつくる必要があると考えるようになりました。学習道場での日々の実践から、子どもが伸びる秘訣は、その子が学習を自分の学習だと引け受けることができるか、直面することができるかどうか、ここに尽きると確信しています。それを体得した子ども、自分で何とかしようとする子は伸びます。受験学習も同じはずです。「自分はどうする」という当事者意識を作ってこその受験学習。先ほどの保護者の相談に応える受験科を学習道場にもつくることにしました。まじめにコツコツ学習する子が安心して受験できる環境をつくる。能力の高い低いは問わない。自分の持っている潜在的な能力をどこまで引き出せるか。自分で何とか解決しようとするか。偏差値ありきではなく、できない・わからないことをできるようにする、わかるようにする。できた、わかった自己肯定感を積み上げ、学習意欲を高め、向上心を育て、志望校受験に挑戦する。これが学習道場受験科です。
 中学受験の弊害は、学習量の多さ、その消化不良、不必要な比較、偏差値による序列の構築、保護者への情報過多などなど、受験産業の煽り宣伝の渦で本質的な学習を見失うことです。学習道場ではそれらを排除し、その子の持つ能力を最大限に伸ばす受験学習を行います。
 課題を克服しないと前には進めない。わかるまで教える。ただし、自分からわかろうとしない場合は教えない。教えないことも教育です。まじめにコツコツ学習する子には応えます。学習に正面から向き合い、わかること・できることを積み上げていくことが学習の基本。ごまかさないこと、できたふりをしないことです。受験学習は、合格者を選ぶ試験、不合格者を落とす試験です。小学生にとって、厳しい過酷な学習です。その厳しさから逃れるために、無意識に自分自身をごまかしたり、できたふりをしたりしないと、自分が耐えられない。しかし、そこは逃がさないで直面させます。その鍛錬は学習の本質。受験学習が生きる力になっていくことが、受験学習をやる意味になっていきます。わからない・できないから、ふて腐れたり、逃げたり、甘えたりするときは、許されない厳しさも必要です。わからない、できないから叱るのではない。学ぶことにはあくまでも真摯に、そして謙虚に。
 学習道場では、わかる・できたことを積み上げていって入試に向かわせます。過度な競争意識は無駄でむなしいだけで、子どもは伸びません。「昨日の自分に勝つ」は、花まるサボテンの“教育観”を受け継いでいます。自己肯定感を自ら作り上げていき、中学受験に立ち向かいます。「周りと比べない」は、子どもだけではなく、母親にもそうです。煽る受験情報・教育情報は排除します。同じ学年・受験生に限らず、過度の期待像という虚像、親きょうだいと比べない。その子自身の頑張りを認めてあげましょう。幸せな受験は、比べないことです。誰でもが伸びます。伸びない子はいない。学習道場は、比べない学習塾です。

西郡学習道場代表 西郡文啓