松島コラム 『自分に指を向ける』

『自分に指を向ける』 2019年7月

 組織風土改革の第一人者で「エッセンシャルマネジメントスクール(EMS)」の学長でもある、大久保寛司さんの言葉に、「自分に指を向ける」というのがあります。人間の目は外側にしかついていない。相手に向けた指をそのまま自分に向けて、自分の心に問いかけることで気づきが生まれ、自分が変わることで相手も変わっていく。その結果として組織も変わっていく。たとえば、「なぜ言ったとおりにやらないのか」→「どういう言い方をすればやってくれるのか」というように、相手の責任ではなく、自分の中に原因を探していくという視座です。人は外からは変えられない。相手に変わってほしいと願うなら自分が変わる。「自分は正しい」という頑なさから抜け出せないとなかなか難しいことでもあります。人は、何を言われたかではなく、誰に言われたかで受け入れ方は異なるという本質を持っています。自分が変わることで相手も受け入れてくれるようになります。
 「自分に指を向ける」ということは、職場だけでなく、教育の現場においても大切な示唆を与えてくれます。私が新人講師のころ、「教室で起きていることは、生徒のせいではなく、すべて自分のせいだと思いなさい」と教わりました。宿題をやってこないことを、「その子の責任」としてしまうことは簡単です。しかしそれでは何の解決にもなりません。「どうしてできなかったのか」「どうすればできるようになるのか」を考えることで生徒も先生も成長できるのです。「言葉づかいが悪いのは、先生の言葉づかいに原因があった」というのはよくあることで、それを「家庭のしつけが悪いから」としている以上、状況は変わらないのです。世の中には、自分に指を向けてみないと気がつかないことがたくさんあるのですが、最近の報道を見ていると、「誠実さ」を求められる立場の人ほど、真実を隠し、人や環境のせいにしているように感じられてしまいます。
 先日、長野県にある伊那食品工業という寒天メーカーを訪問する機会がありました。寒天の国内シェア80%、48年連続増収増益、新卒の応募倍率50倍という知る人ぞ知る企業です。そんな企業であれば、さぞ素晴らしい管理体制が敷かれているのだろうと思うと、さにあらずです。経営陣から目標数値を言われることはない。年功序列制度なので能力や成果による評価はしない。社用車などの備品を私用で使う場合も、それを記録する台帳も存在しない。性善説が前提だそうです。人手が足りないときは、指示がなくても部署を超えてみんなで協力し合う。朝礼前に全員で広大な敷地を清掃する。そこには分担もなく、気づいたところをそれぞれが行う。社員の皆さんの笑顔ときびきびと働く姿は、視察者向けのよそゆきのものではないことは明らかでした。実際に働いている社員の方々から話を聞ける機会があったのですが、「あなたのキャリアプランを教えてください」という質問に、入社2年目の方が、「お花について学べる機会があるので、お花に詳しくなりたいです」というような回答に、会場は微笑ましい空気に包まれました。ほかの社員の方々も「キャリアプラン?あまり考えたことがないです」というのです。それだけこの会社で働いていることに幸せを感じているのでしょう。「本当はそんな会社が存在するのか」と疑いたくもなりますが、何十年にもわたって全国から視察の絶えないことは事実です。
 伊那食品工業の礎を築いた塚越寛最高顧問は、「当社が求める人材は、『忘己利他(もうこりた)』の心を持った人です。己を忘れて他人を利することで、いずれは自分のところに戻ってきて利をもたらしてくれる。企業の成長とは全社員が人間として成長することであり,売上げや利益の向上は,社員が人間として成長することにより生じる結果にすぎない」。さらに「そうした人材を育てるためには、日本の教育が変わらないといけない」と言っています。
 時代がどのように変わっても、自分に指を向けることで自ら変化し、他人のせいにせず、相手に思いやりの心を持てる人は、最終的には自分も含めて周りの人を幸せにできる人だと思います。これからも花まるグループは、学力だけでなく、子どもたちの人としての成長を大切にしてまいります。

スクールFC代表 松島伸浩