高濱コラム 『遊ぶ力』

『遊ぶ力』2023年2月

 昨年の秋に、若き友人たち数名と無人島で遊んだのですが、そこにいた一人、小川哲君が『地図と拳』で直木賞を受賞しました。もともとは、今やThink!Think!やWONDERBOXで、なぞぺーの思想を発展させ世界に広げているWonderfy社長の川島慶君が、花まるに入社する前のアルバイト時代に、「おもしろい友達がいる」と小川君を連れて来たのです。二人で随分と遊びまくったそうです。物理を専門としていたのだが、博士課程で哲学を研究しているらしいという彼についての、川島君の紹介がふるっていて「小川は、言葉の力・国語力がホントすごいんですよ」というものでした。今となっては、そりゃそうだ、ともなりますが、当時は「フーン」で終了。ただ、頭は切れるし、人柄がよいし、周りに流されていない自分の目と言葉を持っていることで、一緒にいてとても心地よく、その後何度も一緒に遊ぶことになりました。
 30歳も近い頃だったと思いますが、「いま小川は小説を書いているみたいです」と川島君から聞いたときには、これという道が見出せず、混迷のなかでやっているのかと思ったくらいでしたが、処女作である『ユートロニカのこちら側』で、いきなりハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、大いに驚いたものです。その後、第二弾の『ゲームの王国』では日本SF大賞と山本周五郎賞を受賞。あれよあれよと作家としての地歩を築きました。そして、今回の直木賞。無名の学生時代を知っていると、こんなことが本当に起こるんだなと、息子の成功のように嬉しく感動しています。
 実は、今年度は、なぜか私の周りにいる30代の友人たちが、開花と言ってよい大活躍をする一年でした。夏にも書きましたが、10年以上もバンドKARINBAを一緒にやってきたメンバーの一人、ベース担当の田中文久君は、NHKテレビのドラマ『ももさんと7人のパパゲーノ』の音楽を、主題歌から挿入の音楽まで、すべて担当するという栄誉を手にしました(のちに主演の伊藤沙莉さんが、文化庁芸術祭でテレビ・ドラマ部門の放送個人賞を受賞しました)。またピアノ担当の平須賀信洋君は、環境建築の賞として世界最大のASHRAE Technology Awardで、日本一からアジア一を通り越し、とうとう世界一(first place)になりました。
 社内では、シグマTECHの代表伊藤潤が、時に辛口の教育ジャーナリスト、おおたとしまささんの新著『子育ての「選択」大全』で「シグマTECHの快挙は、大手中学受験塾を中心に形づくられてきた『中学受験の常識』を覆すためののろし」という表現で、絶賛に近い評価を受けました。また、花まるエレメンタリースクールの林隼人は、メガ愛情作戦で、長期の不登校も症状名も吹き飛ばし、フリースクールの歴史を変える教室を成立させました。
 つい先日、記者会見をして発表した、恵まれない子どもたちへの「体験格差解消プロジェクト」は、私や中室牧子教授など4人で始めたのですが、そのメンバー、リディラバ代表の安部敏樹君も、アソビュー社長の山野智久君も30代で、二人ともAERA with Kidsの私のインタビューコーナーに出てもらったくらい、仲良くお付き合いさせてもらっています。
 ほかにも、無人島開拓の中心であるカトパンこと加藤崇彰、アノネ音楽教室の笹森壮大(グランド)、GONOUの岡本祐樹(カモン)、アルゴクラブの中山翔太(ブラボー)や小島健(タッキー)、Hanaspoの新山智也などなど、次にブレイクするかもしれない30代人材もたくさん控えています。
 もともと教育者として、子どもたちが大小さまざまな壁に当たりつつ、成長していく姿に、大きな感動を感じながら生きる日々ですが、30代の友人や仲間たちが、まさに開花するがごとく、世界から認められ脚光を浴びていく姿を見るのは、しみじみと親のように嬉しく、人生の大きな喜びの一つだなと感じます。
 ところで、なぜ20歳以上も年齢差がある彼らと、楽しくやってこられたかというと、私側から言えるのは、「一緒にいて、心地がよいから」ということです。全員の共通項は、自分の世界を持っていること、自分の見識と哲学を持っていること、困難に負けずやり遂げる人たちであること、です。会えば、冗談しか言わないような関係でもありますが、何かの枠組(借り物の価値観)に囚われて自分を見失っていたりなどしない、爽やかな感触があります。
 そして、魅力勝負はお互い様ですから、良い関係が続いたということは、彼らが私との時間を楽しんでくれたことも、間違いありません。それは、会えば語り合うし、何よりも遊んで遊んで遊びきるからだと思います。20代後半に、精神科の医師になりたての友人が、まだ先の見えない私の人生について、「高濱の一番の強味は、頭の良さとかそういうのではなく、みんながお前と遊びたがることだよ。将来その遊ぶ力を活かしているのじゃないかな」と発言したのです。軽い雑談のなかのことですから、本人は忘れているでしょうが、自分について言われた言葉は、なぜか覚えているものです。
 いまだに、締め切り日を過ぎないと原稿が書けなかったり、シャツの前後を間違えたり、忘れ物ばかりしたりして、妻には始終怒られているような人間ですが、確かに取り柄らしきものがあるとしたら、遊ぶ力かもしれません。どこでもいつでも誰とでも楽しく遊べる。この一年も、授業で、雪国スクールで、無人島で、サマースクールで、子どもたちと遊びまくりたいですし、楽しんでくれるようにスタッフみんなで、全力を尽くしたいと思います。そして、これからの日本を支える力ある若者たちとも、遊びのような仕事のような、喜びと楽しさに満ち満ちた時間を構築していきたいと思います。

花まる学習会代表 高濱正伸